東京都水産試験場による研究

ナマズと地震予知 江川紳一郎

詳しくはこちらをご覧ください。 『ナマズと地震予知 地震ジャーナル No.12 1991年12月』


飼育設備と行動の定量化システムならびに収録システムの変遷

はじめに

 世界で初めて大地震の予知に成功し数万の人命を救ったと報告した中国を筆頭として,日本やアメリカ,ヨーロッパ諸国などにおいて大地震に先行する動物異常行動の報告が数多く存在する.日本では記憶に新しい1995年の兵庫県南部地震(M=7.3)に伴う住民からの多くの証言が報告された(弘原海,1995).しかし,定量的な研究・観察結果に基づき異常行動が判定されたものが少ないため,その報告内容に対して信憑性等を問うことが難しい状況にある.すなわち動物異常行動の存在の明証性に関する議論を進めることが難しい.この様な背景から動物異常行動に関しては,定量的な研究が必要とされており,我々は比較的研究の進んでいると思われるナマズに着目し,2002年,既往資料の整理と定量的な研究方法に関する検討を開始した(野田ほか,2002).
 東京都水産試験場は,東京都防災会議地震部会の研究の一環として,ナマズを供試魚とした“魚類の異常生態に関する調査研究”を1976年~1992年の約16年間実施した(東京都防災会議地震部会,1980-1992).地震に先立つ動物(特に魚類)の異常行動に関する文献調査・聞き取り・アンケート調査を行った結果,物理的・化学的刺激に非常に敏感なナマズ(Parasilurus asotus)を供試魚として選定したのである.特にナマズが電気的な刺激と振動に対する敏感な器官を有することが注目された.観察設備は,ナマズが地下から何かしらの信号を受けて異常行動を起こすものと仮定し構築された.飼育水には,地下水の水質変化がナマズへ影響を与える可能性が考えられ,深井戸水(深度約70m)が水槽へ導かれた.そして,水槽から溢れ出した飼育水は水槽側面を流れ落ち,そのまま直接地面へ浸透する仕組みを採用した.地下から電気的な信号があれば水槽から溢れ出ている飼育水を介して水槽内へ伝わるであろうと考えられたのである.実験棟は他の施設からの振動などの影響を受けにくいように孤立した別棟とされた.ナマズの動きはピックアップ振動計を利用し定量化された.飼育設備や観察記録,異常行動の判定,地震との対比結果などは,東京都防災会議地震部会(1980-1992)において,ほぼ年度毎に報告され,計13部の報告書(以下では報告書と略称)としてまとめられた. 
 東京都水産試験場の研究は世界的に類がなく非常に貴重であるものの,東京都の報告書はアクセスしにくいとも言われ,成果は広く知られていない.今後のナマズと地震との関係に関する研究を遂行するための第1フェーズとして,東京都水産試験場の研究成果を整理し,問題点等を把握する価値は十分あるものと考えられる.第一段階的な地震との対比結果に関しては,江川(1991)によって報告されていることから,本稿では飼育設備から行動の定量化と収録システムの変遷を中心にまとめ,問題点等の抽出を行い,研究資料として残すことを目的とした.


図2 東京都水産試験場

 

1. 研究設備変遷の概要
 ナマズに関する研究を行っていた期間、東京都水産試験場は東京都葛飾区水元に位置していた.1997年に東京都港区海岸に移転している.
 1976~1978年7月31日の期間には,過去の地震に伴う魚類の異常行動例調査,飼育観察魚種の決定,飼育装置の検討,行動観察方法の立案,飼育設備の建設が進められ,1978年1月4日からナマズの観察が開始された(報告書,その1).1978年8月1日~1980年11月30日には,電算機が導入され,客観的なデータの取得と解析の迅速化,そして異常行動の判定基準の組み立てが行なわれた(報告書,その2).1981年12月1日~1987年12月31日の期間には,大きな設備変更はなかった(報告書,その3~9).1982年からビデオ撮影が開始されたが,撮影範囲が水槽の表層部や明るい日中に限られるという課題が研究終了まで残された.1986年4月からは十数項目の水質分析が毎週1回行われた.1987年から電算機の新システムの開発が進められ,1988年に導入された(報告書,その10~13).1992年3月31日に研究は終了された.
 ナマズの研究を進めた方々は次の通りである(Webでは省略).

 

2. 設備とトラブル等の記録
 東京都防災会議地震部会(1980~1992)の計13部の報告書と元東京都水産試験場研究員(現東京都葛西臨海水族園)の江川紳一郎の記憶をもとに,今後の研究の発展に寄与すると思われる記録と問題点などの抽出を試みた.今回はナマズと地震との対比結果の詳細は除き,飼育と行動の定量化・収録システムの変遷を中心に考察した.水質変化等がナマズに影響を与えた可能性がある事例などに関しては,参考まで記述することにした.また,初年度に実施された地震に伴う魚類の異常行動例調査結果についてはナマズを観察する上で参考になると思われたため記述した.水槽をノックした際のナマズの反応と地震との比較に関するHatai and Abe(1932)の研究と同様の研究が行われたが詳細は省略した.
2.1 1976~1978年(報告書, その1)
 地震に伴う魚類の異常生態例調査とナマズの行動観察設備の構築が進められた.水産生物と地震に関係する既往の文献調査,東京都内において,聞取り調査による事例収集が行われた.

 

2.1.1 聞取り調査
1)目的:地震に伴う魚類の異常行動例について,埋もれた情報を探し出すとともに既往の 情報と合わせて整理・検討を行い,これらを系統立て,地震に伴う魚類の異常行動の特徴を明らかにし,地震予知に利用し得る情報を導き出し,今後の事例収集・生態観察作業に役立てることであった.
2)方法:都内の区と郡,三多摩地域,伊豆諸島の全域において,“魚類の異常生態例調査表”を作成し,漁業共同組合,養殖業者,支庁町村役場,土地の古老,漁業者,教育関係者,郷土館郷土史関係者を対象として聞き取り調査が実施された.
3)結果:収集された事例数は淡水系魚類14種66例,種不明魚7例で計73例,海水系魚類76種136例,複数の魚種および種不明魚12例で計148例,このほか,海中をネズミの大群が泳ぐという異常1例,淡水域における水質(色)の変化2例,異常潮位1例,にが塩1例,総計226例である.収集された事例の主な動物は次の通りである.ただし,種名を確かめることができなかったので,原文のまま使用した


哺乳類 陸 生:ネズミ
    海 生:イルカ
魚 類 淡水産: ウナギ,コイ,フナ,オイカワ,ウグイ,モロコ,ドジョウ,ギギ, ナマズ,アユ,イワナ,ヒメマス,マス,ヤマベ .
海 産: サメ,ウミヘビ,イワシ,コノシロ,タラ,ボラ,サヨリ,トビウオ, サンマ,メヌケ,アイナメ,アブラコ,スズキ,アジ,シマアジ,
イサキ,クロダイ,キス,ヒメジ,イスズミ,ブダイ,ハゼ,
タチウオ,サバ,カツオ,マグロ,カレイ,深海魚.
甲殻類: エビ,カニ,フナムシ.
軟体類:イカ,タコ,アカガイ,アワビ,サザエ.
棘皮類:ナマコ.
その他: プランクトン.

  これらの動物において,異例の集群,季節はずれの漁獲,好・不漁,季節はずれの繁殖,水面を跳ねるなどの異常行動事例が報告された.ナマズに関しての具体的異常例は以下のようにまとめられている.

「①早い場合は1か月位前から騒ぎ始めよく獲れる.②4~5日前には通常の棲み場を出て川の真中や岸に群れで現れ,水面に跳ね上がる.③当日は盛んに暴れ,好・不漁双方の事例がある.④季節外れの繁殖が2例ある.⑤地震直後に海で獲れた事例と,その前後にわたりフラフラになって浮上する事例など,影響は短期間ではないとも考えられる.」 2.1.2 ナマズの行動観察
1)目的:地震前の魚類の異常生態には,移動,出現,行動,斃死,繁殖の異常がみられている.これらのうち,比較的観察が容易であると見られる異常行動から地震を予測できる可能性について究明し,可能性ありとするならば,得られる情報の範囲および有効性を検討する.第一に魚類が地震前に明らかに異常な行動をするのか,またその異常行動はどのようなものかを知ることに重点をおくとされた.

2)供試魚の選定理由:ナマズ(Silurus asotus)を供試魚とした選定理由は,既往資料と聞き取り調査の結果において,地震前の異常行動が数多く報告されていること(力武,1986),物理・化学的刺激要素を敏感に受容する側線器官と電気的刺激に非常に敏感な受容器である小孔器が発達していること(Hatai and Abe,1932;Asano and Hanyu,1986,1987a,b),および比較的飼育が容易で,行動が不活発で観察に適していることなどである.

3)ナマズの飼育と観察設備(図2):2.0 m×4.9 mのウォーターバス内に1.20 m×0.6 m×0.6 mのステンレス枠付水槽4基が設置された.ナマズを飼育する水槽の番号は東側からNo.1, 2, 3とされ,水槽中にシェルター(陶管,土管,塩ビ管)が入れられた.No.2と3の間には外部からの振動ノイズなどを把握するためにブランク水槽1基が設けられた.飼育水は井戸水(A井戸,深度70 m)を汲み上げ,高架水槽内で瀑気後,各水槽に導かれた.水槽からオーバーフローした飼育水はアンツーカー式で地下浸透するウォーターバスに流れ込む方式とした.余った水は濾過槽を通過して貯水槽に貯えられ,オーバーフローする.井戸水の揚水ポンプの故障時などには,貯水槽に貯えられた水が循環用ポンプによって水槽に供給される.3基の水槽には瀑気できるようにブロアーが設けられた.ナマズは主に業者が江戸川や中川などの周辺河川で採捕後,長期間飼育したものが購入された.餌には生きたキンギョが与えられた.

4)ナマズの行動の定量化システム:ナマズの行動を定量化するために公害用ピックアップ振動計を水槽内に設置し,振動加速度レベル(VAL)が計測された.振動計は指向特性を考慮して水槽長軸底面方向に向けて設置された.レベルレコーダにより,周波数20 Hz以下の振動がカットされ記録された.平日の観測時間帯は16:30~09:00としたが,休日は終日連続観測された.外部振動ノイズは3つの水槽全てに記録されたものとして目視で除去された.10分毎の信号回数とレベルが判読され,パワー平均値を求めて作図された.ペンレコーダの記録からのデータ解析は手作業で行われた.ナマズの振動データの処理方法については図3に示す.


図2 ナマズの観察設備図


宇3図3 

図3 ナマズの行動による振動値の抽出方法

2.2 1978~1980年(報告書, その2)

 電算機を導入し,1980年11月11日からデータ収録が開始された.導入目的とシステムの概要などを以下に示す.電算機導入状況については図4に示す.

1)電算機の導入目的:
 ①ナマズ遊泳振動信号と外部振動信号とを自動的に分離する.
 ②夜間のナマズの行動状況を速やかに判明できるようにする.
 ③ナマズの正常・異常行動を客観的に区分する.
 ④ナマズの行動を24時間把握できるようにする.

2)システムの概要:
 ①ナマズを飼育する三つの水槽に振動計を設置してデータを取得する.
 ②一定時間(3 ms)毎に三つの振動計から値を磁気ディスクに保存する.
 ③一定時間(30分)経過ごとに取得データからナマズの動を抽出し,時刻などと共に編集し磁気テープに記録する.
 ④磁気テープを交換することによってデータを保存する.
 ⑤毎日正午に直前24時間の図表を自動的に作成する.
 ⑥毎月曜日に直前一週間の図表を自動的に作成する.
 ⑦自動的に取得あるいは作表,作画する諸条件は必要に応じて変更する.

3)ナマズの振動信号の抽出方法(図5):外部からの振動(暗振動)として,ナマズとは無関係の振動と,他の水槽のナマズからの振動の2種類を想定し,前者は各水槽にほぼ同時(水槽間隔最大4 mとして1 ms)に,かつほぼ同程度の強度(dB)で感知され,後者は各水槽間の強度(dB)に大きな相違が認められることが判定基準とされた.そして,30分毎に取得された3 msの振動値から,No.1, 2, 3水槽を順番に基準チャンネルとして下記の処理が行われた.
 ①基準チャンネルにおいてしきい値dB以上のデータを先頭から検索する.
 ②検索したデータの時刻から,振動持続時間内の最大値と時刻を抽出する.
 ③基準チャンネルの最大値時刻の前後15 msの時間帯で他の水槽の振動値を検索し,最大値dBを求める.
 ④基準チャンネルと他の水槽の最大値をテーブルと比較し,ナマズによる信号か否かを判定する.

4)データファイルとグラフ出力の形態:抽出されたナマズの振動値は10分毎のパワー平均値と合計振動回数としてデータファイルに記録され,毎日正午に直前24時間分と毎月曜日に直前一週間分がグラフとして出力された(図6).

5)異常行動の判定(図7):伊豆大島近海地震(1978年1月14日,M=7.0,震度4,震央距離121㎞)に対応した1978年1月12日の異常行動例を参考に,パワー平均値より信号回数に重点を置くことが決定された.そして,1日の合計信号回数(17時~08時)が,月毎の標準偏差の3倍+月毎の一日平均信号回数を越えたものを“異常行動が認められた日”とした.同様な方法で時間帯別でも処理を行い“異常行動が認められた時間帯”とした.そして異常行動は,“日”と“時間帯”のいずれにおいても異常と判定され,かつ数時間以上継続する場合として定義された.

6)トラブルほか:真夜から翌朝の間(00時~09時)にナマズの行動とは無関係のノイズが記録されるようになり,原因がアースの取り方だと判明した.振動計から電算機への入力コードにアースを取るとノイズは記録されなくなったものの,レベルレコーダにノイズが生じてしまうという原因の良く分からない事態になった.
 振動計はナマズとの接触を防止するために水中に吊し,かつ,振動計とナマズ通過部分との間にはサランの網が設置された.また,餌のキンギョも振動計との接触を防止するために仮死状態にして与えられた.しかし,仮死状態にする具体的な方法は記録に残されていない.

図4 電算機導入状況


図5 ナマズによる振動値の抽出方法

図6 行動量グラフ(例:週報)

 

図7 異常行動判定基準 2.3 1981~1983年(報告書, その3,4,5)

 

 この期間には飼育設備に大きな変更はなかった.1980年からの問題であったノイズは,1981年5月に振動計と電算機の間に絶縁トランスを設置し,かつ入力コードのアースを浮かすことにより解消された.しかし,ノイズの原因は明らかにされていない.
試行錯誤の結果,電算機へ入力する振動の強度を28 dB以上,持続時間150 ms以上のものとし,行動判定値を33 dB以上の値と決定された.なお,3基の水槽すべてに同程度の強度の振動が感知された場合は,ノイズとして除去されたようであるが,1980年に採用された3基の水槽を比較してナマズの振動を抽出する方法(図5)が継続されたか否かは不明である.
1982年7月にナマズの行動把握を目的として,No.1水槽にTVカメラが設置された(図2). 2.4 1984年(報告書, その6)
 1月27日, A井戸の揚水ポンプが故障して修理不能となったため,別のポンプが深さ約35 mに新設された.飼育水の安定供給のため,C井戸からも給水された(図1).深井戸ポンプ故障の期間中には,場内を流れる用水路の水が使用された.水槽内の水温は2月には2℃台に低下したが,ナマズの健康状態に大きな影響はないことが確認された.井戸水の取水再開後数日間,しばしば土砂の混入した濁り水が水槽内に入ったが,ナマズに大きな影響ないことが確認された.
 1月27日~5月7日,飼育水に用水路の水が利用された.またその期間は,工事などによるノイズが多く,ナマズの行動量収録システムの収録上限値を超えたので,この間の収録は中断された.井戸水の水アカ付着で送水管が細り,各水槽への供給量が減少するとナマズの行動量も低下する傾向が確認された.この行動低下は水槽内の溶存酸素量の低下によるものと考えられ,適宜送水管を掃除して安定したデータが得られるよう配慮された.この事例は以降継続して発生している. 2.5 1985年(報告書, その7)
 A井戸およびC井戸の混合水が使用された.8月6日~9月11日の間はA井戸が故障したため,C井戸のみが使用された.1月中は隣接する展示館の丸池工事,1~3月は実験棟から約50 m離れた橋の工事のために,振動計に若干の雑音が与えられた可能性が疑われた.井戸水の温度は約16.5℃で,天然水(場内の池)の水温にくらべて夏には約9℃低く,冬には約6℃高かった.工事による振動や,磁気テープ装置の故障による欠測が数回発生したが,ほぼ一年間連続した行動量データの収録に成功した. 2.6 1986年(報告書, その8)
 A井戸およびC井戸の混合水が使用された.7月29日~9月5日の間はA井戸はポンプの故障により1ケ月間給水が停止し,C井戸水のみが使用された.C井戸水は上水道に使用されている他の井戸水と比べて,沈澱物,浮遊物,スライムや珪藻類などが多かった(具体的な数値は記録に残されていない).井戸水の溶存酸素を高めるための露天高架槽での瀑気や,貯水槽で餌のキンギョの飼育を始めたことなど,生物飼育に関わる要因が水質に反映している可能性が疑われた.この事例は以降継続して発生している.
 水槽No.3にTVカメラを追加設置し,No.1, 3水槽において長時間ビデオ装置による行動観察試験が開始された(図2).夜間の撮影が不可能であったほか,日中の撮影も表層部に限られる点が問題となり,撮影方法には検討の余地が残された.
 平均行動回数は各水槽とも3~4月頃から増加し,6~9月に多く,10~11月に減少し,12~2月は非常に低いことが確認された.従来の季節変化とは大きな差異は認められなかった.餌のキンギョの捕食尾数は行動量と対応して4~9月に多い傾向が確認された.周辺工事やビデオカメラ設置などの作業の影響によってデータの不良が生じた.
 4月から飼育水の水質,水中浮遊物,沈殿物の分析が毎週1回実施された.採水は株式会社日本公害防止技術センターが行い,以下の項目について東京都立衛生研究所が研究終了まで実施した.
①水質分析の項目:水温,pH,総アルカリ度,塩素イオン,総硬度,カルシウム,マグネシウム,カリウム,ナトリウム,ケイ酸,硫酸イオン,電気伝導度,硝酸態窒素+亜硝酸態窒素,濁度,色度,スライム
②水中浮遊物,沈殿物の種類:ズーグレア状細菌塊,鉄細菌,根足虫類,繊毛虫類,太陽虫類,輪虫類,線虫類,貧毛類,腹毛類,藍藻類,珪藻類,緑藻類,真菌類,鉄錆状物質,植物繊維,沈殿物量 2.7 1987年(報告書,その9)
 4月23日からA井戸およびC井戸の混合水が使用された.No.1水槽の大型ナマズの2尾が7月に死亡した.新たに1尾を追加したが,9月には更に1尾が死亡した.その後No.1水槽への大型のナマズの追加は行われず,観察魚は1尾のみとなった.7月25日にはNo.1水槽のナマズが水槽から飛び出したが,その原因は溶存酸素の低下か,あるいは夕方のナマズ棟付近での落雷によるものではなかったかと疑われた.7~9月にかけては飼育水の溶存酸素の低下や寄生虫の増加など,飼育環境の悪化が確認された(具体的な数値は不明).
7月25日の落雷によりカメラが故障して撮影が中止された.井戸水の水温は夏季で20~21℃台であった.pHは7.7~8.0でほぼ安定していた.その他の項目には際立った変化は認められなかった.
 1980年から稼動しているナマズの行動量収録システムには下記のトラブルが指摘されるようになった.
①非常に多くの振動があった場合(地震発生時など)は,記録範囲を超えてしまい集計されない.
②データ収録に当っては容量の大部分を使うため,集計は時間や日単位に限られており,異常を判断するための集計・計算処理が不可能である.
③過去のデータを見直して統一的な基準で総合的に整理することができない.
このためにシステムの見直しを検討することになった. 2.8 1988年(報告書,その10)
 A井戸とC井戸が使用可能であったが,高架槽の瀑気効率の良好なA井戸の水が主に使用された.
 現行のナマズ行動量収録システムに関する問題点を検討し,9月に新しいコンピュータシステムの運用試験が開始された.ビデオ装置による長時間行動観察試験は,1987年7月25日の落雷による障害以降観察が中断されていたが,新しい行動量収録システムに組込んで効率的なビデオ装置による観察方法を確立するための検討が開始された.
飼育水の水温は気温変化の影響以外の大きな変化は認められなかった.4月28日の貯水槽での瀑気開始後および5月6日の瀑気用高架槽大清掃後に,若干の水質変化が認められた.キンギョの捕食尾数は行動量が増加した6~10月に多い傾向を示した.2月と12月は周辺の工事に伴う振動ノイズが多発して,データ収録は一時中止された.月別の平均行動回数は,No.1,No.2水槽で6月から,No.3水槽で4月から顕著な増加傾向が認められ,6~9月に多く,10~12月に減少した.餌のキンギョが金網の仕切りを越えて振動計センサー部に進入することがしばしば発生し,振動データに影響を与えた.


2.9 1989年(報告書, その11)

 A井戸とC井戸の2系統の給水が可能であったが,昨年に引き続き主にA井戸が使用された.給水管の詰まりによる給水停止で水槽内の溶存酸素量が一時低下する事故が発生したが,早期に発見できたため給水が再開された.6月にNo.1水槽の大型ナマズが水槽から飛び出したが,ウォーターバス内で発見されたため元に戻して飼育観察が継続された.
飼育用の井戸水の温度は夏季の8月には24.2℃まで上昇,冬季は1月末に4.8℃まで低下した.pHは7.5~7.8でほぼ安定した値であった.その他の項目には大きな変化は認められなかった.
 異常行動判定のためのプログラムを組み込んだ新しいシステムの運用試験が開始された.大きな変更点は,新ノイズ除去方式の導入,日単位の集計時間の改良,過去のデータの入力,振動感知時に同期するビデオ撮影などであった.新システムが順調に稼動するまでに,トラブルとプログラムの不良改善作業に起因するデータ収録の中断が20数回発生した.中断期間は1月から2月にかけてと8月から9月にかけての45日間,27日間が長く,他はほとんど数日で回復した.また,11月から12月にかけては外部周辺での土木,建設工事が多く,振動雑音の増加によって見かけ上の行動回数が異常に多くなり12月の中旬にはシステムが停止された.この見かけ上の行動回数の増加は土木工事によるものかナマズによるものなのかは厳密には識別されていない.
 新システムのデータ収録には旧システムと同様の方法が採用された.振動計から3 ms単位で得られたアナログデータの内,33 dBを超える振動量が150 ms以上継続した回数が生のデジタルデータとされた.この生データから水槽3基分を各時間毎に比較し,その中で,同時に同レベルで発生した振動はノイズとして自動的に除去された.そして10分間合計した記録から判定基準(図7)に従い異常行動を判定した.
 振動の種類は,ナマズによるもののほか,地震や土木工事によるもの,または地震の前兆となる振動などが考えられる.外部からの振動が刺激となって水槽3基のナマズが同時に騒ぐ可能性もある.このノイズ除去方法では,水槽3基のナマズが同時に活動した場合をノイズとして除去してしまう点は注意を要する.

 

2.10 1990年(報告書, その12)
 1990年の飼育状況はかならずしも順調ではなかった.5月の昇温期にNo.1水槽の給水が停止したために,大型ナマズが不調となるトラブルが発生し,新しいナマズと入れ換えられた.この水槽では,当初ナマズの飛び出しや闘争が続き,6月半ばに落ちつきを取り戻すまでトラブルが続いた.No.3水槽でも給水停止に伴い水槽内の溶存酸素量が一時低下する事故が発生し,長期間継続飼育していた小型ナマズ1尾が死亡した.このため,その後は給水施設の清掃管理が頻繁に行われることになった.欠測中断期間としては1月の23日間がもっとも長く,他はほとんど数日で回復した.しかし,前年から引き続いて1月初めから3月初めまでの期間は内外周辺での土木,建設工事が多く,振動雑音の増加が見られた.
飼育水温は夏期の8月には25.7℃まで上昇,冬期は1月末に3.9℃まで低下した.溶存酸素量は計器調整が不良のため,5月の下旬から測定が開始された.溶存酸素量は給水が順調な時は7 mg/l前後の値を保ち,12月の低温期には9 mg/lまで上昇した.pHは全期間を通して7.5~7.8で安定していた. 2.11 1991年,1992年1月~3月(報告書, その13)
 1991年は前年にも増して飼育環境の安定に努めたが,結果的には順調ではなかった.7月の高温期に水槽の給水が止まり,酸素欠乏によりNo.2水槽の中型ナマズが3尾とも死亡した.
 水温と溶存酸素量は毎朝のナマズの目視観察時にも直接測定された.給水トラブル時には水温は27.6℃まで上昇したが,給水が順調なときには26℃を超えることは稀であった.冬期には1991年3年1月末に3.9℃まで低下した.また,外気の影響により大きな水温変化の見られる場合があった(具体的な数値は不明).給水が順調な時の溶存酸素量は,夏でも7 mg/l前後の値を保ち,低温期には11 mg/lまで上昇した.pHは7.6~8.0でほぼ一定であった.その他の項目については目立った変化は見られなかった.
 本年は落雷や降雪などの自然現象によるハードウェア関連のトラブルが数回発生した.8月2日の落雷による停電後,異常なデータが約1ヶ月間も継続した水槽もあるが,これらのデータは削除された.
研究は1976年に開始され1992年3月31日に終了された.多くの問題解決を重ねたナマズの行動量データは相応の価値を持つものと考えられる.その記録例を図8に示す.

図8 ナマズの行動量グラフ例

 

3. 飼育記録の分析

 計13部の報告書の全飼育記録を基に,各種事例を集計し問題点等の抽出を試みた.記録に残されていない事例も有る可能性なども念頭におき回数と事例内容に関してまとめてゆく必要がある. 3.1 ナマズの飼育尾数と入替について
 飼育尾数はトラブル毎に変化した.各水槽の飼育尾数の変化を図9のAに示す.No.1水槽には観察開始時には6尾であったが,終了時点では1尾のみとなっていた.No.2水槽は観察開始時と終了時ともに3尾であるが,1980年,1981年には0~1尾となったこともあった.No.3水槽は観察開始時には1尾で,1980年,1981年に1~5尾と激しく変化していたが,終了時点では2尾であった.グラフからは水槽No.1, 2, 3のそれぞれで常に2尾,3尾,4尾を保つように配慮されたことが窺える.
 1978年1月の観察開始時のナマズに関する情報は,水槽No.1, 2, 3はそれぞれ6尾,3尾,1尾で,平均全長24 cm,34 cm,54 cm,平均体重77 g,285 g,不明である.ナマズの全長は水槽No.1, 2, 3に収容された観察開始時にはそれぞれ小,中,大と決められた.しかし,1981年頃から,水槽No.1, 2, 3それぞれに収容する大(全長50cm台),中(全長40cm台),小(全長30cm台)の全長が変わった.病死,闘争による死亡,体調不良のために新しいナマズとの入替えなどが行われたが,入替え毎のナマズの全長,体重などに関する記録は少ない.各水槽のナマズの死亡尾数と入替え尾数に関しては図9のB1~3に示す.
 行動量データの解釈に際してはナマズの各個体について,慎重に考慮する必要があると考えられる.例えば全長,体重のほか,採取地,性別,形態などナマズ自体に関する情報についても把握して行くことが,今後の研究には求められるのかもしれない.

図9 ナマズの飼育尾数と死亡・入替の記録


3.2 各種のトラブルと作業の回数について

 飼育記録に記載された各種トラブルと,ナマズに影響をおよぼす可能性がある各種の作業記録の事例をまとめた.年間の事例合計回数(日数)をグラフにまとめたものは図10,トラブルの代表例を図11にしめす.

 なお,1984年は井戸水のポンプの故障と土木工事が原因で131日の欠測,1989年は新システムが導入されたことと,土木工事が原因で140日に及ぶ長期間の欠測(図10のG)が発生している.このため,これらの年は他年と比較してトラブルや作業記録が少ないものとなっている.

1)給水系統のトラブル:給水系統のトラブルの年間発生回数について図10のAに示す.井戸水の揚水後,高架水槽を経由して水槽へ導かれる系統のトラブルをまとめたものである.高架水槽は井戸水を揚水後,一時的に貯水して瀑気が行われ,溶存酸素を高める役割をもつ.
1984年はA井戸のポンプの故障が主な原因で給水系統のトラブル発生回数が20回ときわめて多い.トラブルの事例としては,井戸の揚水ポンプの故障,瀑気用エアーコンプレッサーの故障,井戸水の不純物によるパイプの閉塞,パイプからの漏水などである.その他ポンプや給水パイプの老朽化も一因と推察される. 今後は各装置・機材の特徴や寿命なども考慮された飼育計画が求められる.

2)水槽内の作業とトラブル発生回数:水槽内の作業とトラブル年間発生回数について図10のBに示す.直接ナマズと振動計に影響を与える可能性がある事例をまとめたものである.主なトラブルと作業は,餌として投与したキンギョがサランの仕切りの隙間からセンサー部へ侵入する事故,センサーの交換作業,水槽の清掃などである.とくにキンギョがセンサー部へ侵入することを防ぐために,観察開始直後の1980年にキンギョを仮死状態として与える方法(具体的な方法は不明)が採用されているが,侵入事故は絶えることなく1988年に28回,1990年に21回発生している.その原因は,仮死状態での投与ではキンギョを与えてから捕食するまでの時間が,キンギョが蘇生するまでの時間より長くかかったためであろうと考えられている.この問題が発生した時点でサランの仕切りなどの改善が行われても良かったのではないかとも思われるが,その当時は実験環境を変更することに抵抗があったのかもしれない.いずれにしてもナマズの行動以外の要因が,振動計に影響を与えてしまう水槽の構造は好ましくないと言える.どうしても影響を与えてしまう場合は,その影響の度合を定量的に調査して研究に支障があるか否かを示すことが重要であろう.

3) 実験棟内での作業:実験棟内での年間作業回数について図10のCに示す.ナマズと振動計に何らかの間接的影響を与える可能性を持つ作業に関してまとめたものである.まとめた項目は,見学者や取材,点検,給水メンテナンスである.
東京都水産試験場には見学者や取材が年に十数回訪れていた.ナマズの飼育作業とは直接に関係はしないものの,飼育設備近傍において見学者の対応という作業が行われ,ナマズに影響を与えた可能性がある.また,この分野の研究はマスコミなどが大変興味を持つ分野だと推察される.給水メンテナンスはトラブルと異なり,フィルターの交換やパイプの洗浄などである.これは1984年以降,井戸水の水アカ付着で送水管が細ることから,適宜送水管を掃除して,安定したデータが得られるよう配慮されたものと推察される.これらの事例は観察と飼育計画のための課題として重要と考えられる.

4)実験棟周辺での作業回数:実験棟周辺での年間作業回数について図10のDに示す.施設周辺の草刈や土木工事の回数をまとめたものである.ブルトーザなどが実験棟近くを通る場合もあった.基本的には施設外起源の振動は自動的に除去されたため,ナマズの行動量データに影響を及ぼすことは少ない.しかし,1989年の記録ではノイズが急増したとして観測が中止されたこともあり,機械的なノイズ除去の限界とノイズ自体の複雑さが推察できる.この事例は定量化の方法の課題として重要と考えられる.

5)データ収録システムのトラブル発生回数:収録システムのトラブル年間発生回数について図10のEに示す.コンピュータとビデオカメラのトラブル発生回数をまとめたものである.コンピュータのハングアップ,積雪や雷雨が原因の停電,落雷が原因のビデオカメラの故障,カメラの修理や調整などである.これらの事例はデータ収録システムの構築の課題として重要と考えられる.

6)ナマズのトラブルと投薬回数:ナマズのトラブルと投薬年間回数について図10のFに示す.ナマズのトラブルとは,水槽からの飛び出し,縄張り争い,ナマズの入替などである.投薬は病気の発生や闘争による傷の手当てなどのためのものである.但し,投薬に関する明確な記録があるのは1978~1981年と1987年のみである.研究開始初期の4年間だけに投薬が目立つのは飼育方法の確立までにそれが必要とされたのか,他の年には記録として残されていないだけなのかは不明である.他の年は体調不良のナマズが確認されると投薬よりも先に新しいナマズと入替えられたことも反映していると推察される.

7)年間欠測日数:水槽No.1, 2, 3それぞれの年間欠測日数をまとめたものを図10のGに示す.電算機が導入された1980年の翌年(1981年)から新システムが導入される前年の1988年までの中では,1984年に給水トラブルと周辺の土木工事が影響したため水槽3基とも欠測日数131日ときわめて多い.1984年以前は給水トラブルが未だ発生しておらず,翌年からはその対処方法をある程度確立したことが欠測日数を減少させたものと推察できる. 
1989年には新しい電算機が導入され,システム調整などによる45日の欠測と,そのための土木工事が影響し,合計140日の欠測日を生じている.新システムによって,作業効率が上がったと思われるものの,翌1990年の1月にも前年から継続している土木工事の影響で23日の欠測を生じたほか,コンピュータのトラブルもあって合計48日の欠測となった.1991年は土木工事,コンピュータのトラブル,雷雨や降雪による停電などで水槽No.1, 2, 3それぞれ58, 36, 31日の欠測を生じている.予期せぬコンピュータのトラブルや防ぎようのない土木工事を避けるのは難しいのかも知れない.
 

 

図10 各種トラブルと作業と記録  報告書(その 1~13)の全飼育記録の集計結果


 

図11 各種トラブルの代表例 報告書(その 1~13)の全飼育記録から編集

まとめ

 東京都水産試験場は,東京都防災会議地震部会の研究の一環として,1976年~1992年の約16年間にナマズを実験魚とした“魚類の異常生態に関する調査研究”を実施した.東海大学において今後ナマズと地震との関係を研究するための第1フェーズとして,東京都水産試験場の既往研究成果を整理し,把握する価値は十分あると考えた.本稿は飼育設備から行動の定量化と収録システムの変遷を中心にまとめ,問題点などの抽出に重点を置き,今後の研究資料として残すことを目的とした.
 上記研究は1976年から準備が進められ,第一に文献調査と魚類を中心とした地震に関係する可能性がある事例について聞き取り調査が行われた.その結果ナマズにおける多種多様な異常が認められたことと,電気的な刺激と振動に対する敏感な器官を有することが注目され供試魚とすることが決定された.続いてナマズ観察用の水槽4基(うちブランク水槽1基)を備える実験棟の建設のほか深井戸から飼育水を給水するためのポンプと配管設置,高架水槽の建設が進められ,1978年1月からナマズの観察が開始された.ナマズの行動を定量化するために振動計が利用され,暗振動やナマズの行動以外の振動を目視にて判別して行動データが集計された.
 1980年には電算機を導入し,データの自動収録が開始された.それによってサンプリングの諸条件を決定し,外部振動の自動除去プログラムなどが組み込まれた.しかし,1984年には井戸のポンプの故障や周辺の土木工事の雑音などによって130日もの欠測日が生じた.また不純物を多く含む井戸水の利用のためには高架水槽,給水パイプ,水槽などの定期的な清掃とメンテナンスが必要とされた.したがって,今後の研究では井戸水を利用することの良否性から議論を行う必要があるのではないかと考えられる.
 1989年には新しい電算機が本格稼動された.しかし,この年はシステムの調整などによる45日の欠測に加え,土木工事が影響し計140日の欠測日を生じた.新システムによって作業効率が上がるかと思われたものの,土木工事やコンピュータトラブル,落雷の影響など,不可避なものや予期せぬトラブルといった難問題は避けられなかった.
 1986年にナマズの行動把握を目的として水槽No.1とNo.3にTVカメラを設置して,ビデオ装置による長時間撮影が開始された.しかし,夜間の撮影が不可能であったほか,日中でも表層の映像に限られ,撮影方法については研究終了まで検討の余地が残された.また,1989年の新システムには,ナマズによる振動が感知されると同時に撮影が開始されるシステムも組み込まれたが,成果を出せないまま終了してしまった.当時のビデオカメラの性能限界も不首尾の一因と推察される.ビデオ画像によってナマズの行動パターンが把握されれば,行動と振動値との関係を探ることが可能となり,振動値からナマズの行動への再現性も求めることができる.結果的には実現しなかったが,IT技術が急速に発展した現在において,その手法を新しく立案する価値はあると思われる.
 研究開始直後の1980年には餌のキンギョを仮死状態にして与える方法が採用されたが,蘇生したキンギョがサラン網の仕切りの隙間からセンサー部へ侵入する事故が研究終了まで絶えることなく発生している.今後,この分野の研究方法を議論する上で,餌を与える方法や,他の人為的な作業による影響の度合を把握する方法,もしくはこれらの点を回避する方法を確立することは重要と思われる.
 これまでの研究では観察対象種のナマズに関する情報,例えば,体長,体重,性別,形態などに関する記録がやや少ないように見受けられた.今後,より定量的かつ再現性を求める研究を進めてゆくためには観察対象種に関する情報を可能な限り記録することは重要かもしれない.
 計13部の報告書から問題点などの抽出を試みた.本来なら今回本稿を草するに先立って研究に携わった全ての方々の見解なども考慮しなければならないが,時間の都合上難しかった.そのため,問題点や疑問点の追求には限界を感じるものもあった.例えば,井戸の構造についてほとんど把握できず,実際に深部の地下水が汲み上げられているのか?あるいは本当に深部の水を使う必要があるのか?などの疑問も残っている.しかし,この疑問を含め,本稿で抽出された問題などは今後の研究方法に関する議論の材料としての価値は高いと考えている.
 最後に,世界的に類を見ない東京都水産試験場の研究は,過去の文献調査から始まり,対象種としてのナマズの選定,飼育観察設備の設計と構築,行動の定量化システムの構築へと段階的に進められた.特に飼育観察設備の設計や異常行動の判定基準などは画期的なものである.このことは,これまでの主観的な思考が混じる動物異常行動の研究から,定量的な研究へと大きく発展させたと言える.将来,東京都水産試験場の研究成果が生かされることを願いたい.