ナマズの側線器官・小孔器について
ナマズの側線系の分布(図1)を見ても分かるように,ナマズには側線器管が身体中に分布している.ナマズの小孔器については,浅野(1985),ASANOand
HANYU(1986,1987a, b, c)や佐藤・片桐(1988)などで研究がなされており,ナマズを研究する上で把握しておかなければならない重要な器官である.
図1 ナマズの測線器の分布
側線器
円口類,魚類,水棲両棲類などの体表には側線器官(Lateral line organs)と呼ばれる特殊な機械受容器が多数存在し,全体として側線系をなしている.この系に属する個々の末端器が感丘(neuromast)となって,特定の脳神経から分枝を受けている.感丘とこれに分布する神経は,発生学的には胚の外胚葉の肥厚によって生ずるプラコード(placodes)に由来している.また,近くで生ずる他のプラコード,すなわち聴板(auditoryplacode)からは内耳が発達するが,内耳の感覚細胞は,側線系の感丘におけると同様にいわゆる有毛細胞である.このように内耳と側線系とが起源的に密接な関係を持つことから,両者を一まとめにして聴側線系(acoustico-lateralissystem)と呼ぶ.さらに,機能面で最も基本的な有毛細胞における刺激受容の機構が,両器官系で共通であることが明らかにされつつある.
この側線器には通常型側線器と特殊型側線器がある.ナマズ類の小孔器は通常型側線器から特殊な方向に分化した特殊型側線器である.通常型から区別される構造上の特徴は,感覚上皮が体表を遠く離れた内部に位置しており,そのため環境水との機械的な接触がない,または寒天様の棒状ないし鐘状突起であるクプラ(cupula)が失われているなどの諸点がある.
ナマズの小孔器
ナマズの全身に分布する小孔器は表皮に陥没し,小孔をもって外表に開いた感覚器官で,側線感丘類似の二次感覚細胞群が小孔の底に接して並んでいる.
小孔器は肉眼では認められないが,実体顕微鏡によると照明光の入射角を調整することにより,10倍程度からその位置の確認が可能となる.
皮膚を若干乾燥させ,暗視野的に照明を調整すると,皮膚に多くの凹みが陰影として観察できる.この凹みはナマズ体表全体に分布するが,特に頭部背側及び吻端に密に存在し,腹部には少ない.凹みの底には1~4個の開口が認められ,特に2個の場合が多い.明視野的にすると,40倍で開口の続く乳白色条が見られることがあり,その延長下に黒,白,あるいは桃色の点が観察できる.
また,感覚細胞内部には,微小な顆粒の網様構造が見られ,その上大きな顆粒が認められることもある.感覚細胞の基部下には,支持細胞と思われるヘマトキシリン好染性の細胞群が存在し,真皮隆起に連なっている.真皮隆起からは毛細血管が突出して支持細胞群に絡まり,感覚細胞基部にまで至っている(浅野,1985,ASANOand
HANYU,1986,1987a, b, c).
図2 ナマズの小孔器
魚類生理学
ナマズの行動を把握するには,ナマズの感覚などについても詳しく知る必要がある.ナマズそのものについての文献が少ないので,魚類全体の中から研究を行う上で必要と思われる感覚等について少し調査した.
視 覚
照明度は魚の生活に直接的にも間接的にも重要な意義を持っている.大部分の魚において,視覚は運動時の体位決定に,獲物に対し捕食者に対し,群れの中の同種の個体に対し,あるいは動かない対象物に対しての方向決定などに大きな役割を持つ.ただし,人間やそのほかの地上の脊椎動物に比べて,魚は遥かに近視である.魚の眼の焦点距離はとても短い.大部分の魚は約1mの範囲の対象物ならはっきりと識別するが,かれらの視覚の届く最高距離は15mを超えない.
また,眼のレンズの部分が球形なので,人間のように厚さを変えて遠近を調節することは不可能である.だが,視野に関しては,一方の眼の水平視野は成魚で約160゜~170゜に達し,人間の約154゜よりも広い.また,魚の垂直視野は約150゜までで,人間の約134゜と比べるとやはり広い.ただし,これは半眼の場合であり,両眼の視野となると,人間のほうが断然に広くなる.
聴覚(音,振動)
周知のように,水中での音の伝播速度は,空気中よりも速い.また水中では音の吸収も行われる.
魚類は機械的振動も,可聴振動以下の低波の振動も,可聴振動も,またおそらくは超音波振動も感知する.水の流れ,機械的振動及び5~25Hzまでの低波振動を,魚類は側線で感知するが,16~13000Hzまでの振動については内耳で感知する.
また音を感知するのには鰾も重要な役割を果たす.おそらく鰾が共鳴器の役割を果たしていると思われる.
さらに魚類はたんに音を聞くだけでなく,自らも音を発することが出来る.魚類が音を発するのに使用する器官はさまざまである.ナマズ類は肩帯の諸骨と結びつきを持つ胸鰭条で,繁殖期などに特別激しい音を発する.
天然水中には地磁気ならびに太陽の活動と関連のある微弱な自然電流がある.これらの地電流が水域の生物学的過程にどのような影響を与えるものであるかはまだ分からない.
魚類は電流に対して鋭敏に反応する.同時に,多くの種は自ら放電できるばかりでなく,おそらく自分の体の周りに電磁場をつくりだすこともでき,電気を感受することができる.魚類の電流に対する反応は種としての特異性があり,ナマズはキンギョよりもより強く反応し,同一種の魚でも大きな個体は小さな個体よりも電流に速やかに反応する.
嗅覚(索餌行動)
嗅覚が魚類のいろいろな行動に重要な役割を果たしていることは多くの研究から明らかになっている.嗅覚の研究は主に学習法によって,二つの異なった方向に発展してきた.すなわち,嗅覚器の受容範囲および鋭敏さについての研究と魚類の生活におけるその生物学的意義についての研究である.
とくにナマズのように夜行性の魚に関しては,餌の探索に嗅覚が重要な役割を果たしている.ナマズ(Ameiurusnebulosus)の入った水槽に布製の袋を2個吊し,その中の一つにミミズを細かく刻んで入れておくと,ナマズはこの袋を盛んにつついたり,引っ張ったりするが,ミミズの入っていない袋にはまったく無関心である.ヒゲを切除しても正常のものと同様の反応を示すが,嗅索を切断されたナマズはもはや反応しなくなる.このことはナマズの嗅覚器官も遠方にある餌を探すのに役立っており,ナマズは真に餌を嗅いでいる証拠である(PARKER,1910).また,ナマズのヒゲは索餌の際,直接餌に触れたときにだけ役立つといわれる(OLMSTED,1918).
触覚(側線器)
感覚は言うまでもなく,触刺激(機械的接触)によって起こされる感覚で,動物の皮膚にある受容器によって感受される場合が最も多い.魚類において,この感覚は相当よく発達していると考えられるが,この類の皮膚には哺乳類の触覚小体(tactilecorpuscle)に相当するものはみられず,また触覚のみを司ると考えられる受容器も見当たらない.したがって魚類においては,自由神経終末(freenerve
ending)が触刺激を受け入れるほかに,皮膚のある種の受容器がある刺激を受け取るとともに,触覚をも司るものと考えられる.
DIJKGRAAF(1963)は実験的結果から,聴音側線系の皮膚受容器を通常型側線器と瓶型側線器の2群に分けている.ナマズ類は後者に属している.
味 覚
魚類は水棲であるために,嗅覚と味覚との区別が明らかでないが,解剖学的に神経や中枢等の点から見ると,両者ははっきりと区別することが出来る.ヒトは主として舌で味覚を感ずるが,魚類は一般に口腔内に舌の形は認められるが,ヒトのように発達した舌ではない.したがって味覚受容器としての魚類の舌は重要ではない.しかし,ナマズ等のヒゲ類には,特に多く味蕾が分布していることは佐藤(1952,1937,1942)の研究によって明らかである.
魚類の味覚がどの程度なのか,はっきりしていないが,魚はヒトより味覚が鋭敏であると考えられ,おそらくこの感覚が索餌行動に大きな役割を果たしていると推測される.淡水魚の味覚については,TATEDA(1961)のナマズについての塩類に対する味覚受容器の研究がみられるが,ナマズは肉食動物に見られると同様に,NaClよりもKClに対して感受性が高いという.
水 質
魚類は常に水中で生活している.それゆえ水質の変化は,それがたとえ微小であっても,魚類の生理作用に大きな影響を与える.水質変化の原因を考えるとき,魚類自身によるものと,そうでないものとに二大別できる.魚類自身によるものとは,魚類が生活を続けるために常に外界へ排泄しているもので,呼吸器官による二酸化炭素,排泄器官・消化器官による尿などである.これら魚自身による排泄物は普通の自然界におけるように生物相互間の作用によって,一定水域中に生活しうる生物量が限定されうる場合には,ほとんど考慮する必要がない.しかし,ある生物にとって好適な条件が得られた際とか,人為的な場合には単位水域中の生物量がはなはだしく多量となり,生物の排泄物が環境をいちじるしく変化させるようになる.魚類によらない水質変化の原因とは自然的・人為的などすこぶる広範囲なもので,近年はとくに人為的によるものが増加してきた.
水 温
魚類は周辺の水温に対して,恒温動物よりも大きい依存性を持つ.大部分の魚は体温が周囲の水の温度と,わずか0.5~1゜だけ違っている.物質代謝強度の変化が密接に周囲の水温変化と結びついており,多くの場合,温度変化が自然の刺激剤として,産卵回遊などの営みの開始を決定する信号的要因となっている.また発育速度にも温度変化はいちじるしく関係している.
魚類が一定の温度に対し,適応していることと共に,魚類がさまざまな条件のところで分布し,生活するために,同一種の魚がどの程度の水温の変動幅のもとで生活できるかということも重要な意義を持つ.一般に魚類が生息する水温は5~25℃の範囲であるが,魚類が生存することのできる水温範囲は相当に広い.
呼 吸
一般に動物の生活は基本的にはすべて食物に由来する呼吸基質の化学結合から,高エネルギー燐酸化合物として取り出されるエネルギーに依存している.魚では特殊な場合を除き,内鰓によって水呼吸を行う.水呼吸では呼吸表面を通して水及び一部のイオンが用意に移動し得るため体液の浸透圧調節という厄介な問題を伴うが,空気呼吸に比べて精細な呼吸器も損なわれにくく,呼吸表面から水蒸気が失われることもないという利点がある.