地震に先行する地電位差異常変化に関する出版論文の日本語解説
掲載論文
タイトル:神津島で観測された地震に先行する地電位差異常変化 米国アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of the United States of America、PNAS)というのは、NatureやScienceといった商業誌以外では、最高のインパクトファクターを持つ学術誌です。
はじめにかねてよりギリシャにおいて地震に先行する地電位差の異常変化が報告されていましたが、両者の相関については長い間議論の対象になっていました。そこで本研究では、電気的なノイズが少ない伊豆諸島の神津島で過去に計測された地電位差記録を詳細に解析し、地震前にみられる地電位差異常変化と地震との統計的な検証を試みました。このような検証には多くの事例の収集が必要です。本研究では約3年間の観測で20例ほどの事例を収集し、両者の間には有意な相関があり、偶然ではないことを示すことができました。 本論文は2012年7月に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of the United States of America、PNAS)に投稿し、査読審査を通過してアメリカ時間の2012年10月30日に電子版がインターネット上で公開されました。その後、2012年11月20日に冊子版が出版されました。さらに巻頭で注目論文(This Week In PNAS、TWIP)としてもトップ記事として大きく紹介されました。本論文は、世界で初めて地震に先行した地電位差異常変化が地震と相関のある事を統計的に示したものです。この研究成果は現在、学界でも問題となっている短期地震予測に必要とされる先行現象の検証に結びつく結果になったといえます。なお本論文はオープンアクセスとなっており、どなたでも自由に下記サイトから入手できます。本解説と併せてご覧ください。
http://www.pnas.org/content/109/47/19035.full.pdf+html(表紙およびTWIP)
我々の論文がThis Week In PNAS(TWIP)に選ばれ、巻頭を飾りました。 論文の概要
本論文は、伊豆諸島の神津島における地電位差連続観測のデータと、神津島近傍で発生した地震とを比較した研究である。観測期間は1997年5月14日から2000年6月25日までの約3年1か月で、期間中にギリシャのVANグループが主張する地電位差異常変化と同様な異常変化が19回観測された。なお、神津島観測点における地電位差異常変化の条件は、 地電位差異常変化19個と、神津島近傍の地震23個を時系列的に比較したところ、異常変化から30日以内に起こった地震は11個で、20日以内だと10個であった。また、地電位差異常変化の極性(プラス、マイナス)と、その後に発生した地震の震源位置を比較すると、プラスの極性のあとには島の東側で地震が発生し、マイナス極性のあとは西側で発生するといった明瞭な関係もみられた。当時、神津島周辺では島の南方にあるゼニス海嶺の伸長方向(北東-南西)に沿って地震が卓越していた。異常変化のプラス・マイナスはこの伸長方向の東西で分かれていると解釈することもできる。このような地電位差変化と地震との対応が偶然でも起こりうることなのかどうかについて、各種の統計的な検証(ランダムに地震を発生させて実際の記録と比較する等)を行った。その結果、偶然ではめったに起こることがないとの結論となった。 以上により、神津島で観測された地電位差異常変化は、ギリシャで観測されている地電位差異常変化と同じ質のものであると考えられ、ギリシャ以外でこのような現象がみられることが統計的にも有意に確認された最初の事例である。 論文の解説ここでは、論文公表後に寄せられたコメント等も参考にして、読者の理解につながる解説を行ないたいと思います。 (1)この論文程度の結果は偶然生じるのではないか? 地震は時空間的に均等に起こるものではありません。同じ場所でも地震が起こりやすい時期があれば、起こりにくい時期もあります。また、日本周辺では常に地震は発生していますが、同じ島国でもイギリスではほとんど発生しません。このように地震は時間的にも空間的にも偏りをもって発生しています。したがって、均等に起こりうるといった前提の一般的な確率論では議論できません。しかし、「何年以内に何パーセントといった確率論があるではないか」といった批判もあるでしょう。これに対しては、例えば兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)も東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)も当てることはできませんでした。一方で、30年以上前に「いつ起きてもおかしくない」と言われた東海地震は、いまだに発生していません。このように地震の発生確率と実際に発生する地震との間には感覚的なズレがある場合が多く、その確率が必ずしも適当とはいえない側面があります。 私たちの研究グループはこのような立場から地震を複雑系の現象として捉えています。複雑系とはいろいろな条件が複雑に絡みあって、単純に未来予測ができない事象のことをいいます。地震以外にも身近なところでは気象現象も複雑系です。これだけ観測技術が発達し、過去の事例が多いにも関わらず、天気予報は100%ではありません。また、社会科学の分野では株価や為替変動の予測も同様に複雑系になります。 話をもとに戻しますと、本論文では約3年2ヶ月の観測期間に異常変化は19回、地震は23回発生しています。30日の先行時間でその対応をみると、予想的中率(警告率)は約58%でした。19回の異常を観測した場合、最大の見積もりとして19 x 20 = 570日は予測が有効(予測が出ている)という事になります。全観測期間は実際には3年2ヶ月(1139日)でしたから、570 / 1139 = 0.50(= 50%)となり、全く偶然でも半分は予測が成功します。50%と58%では対して差がありません。しかし、前述したように地震は時空間的に等しく起こるものではありません。論文中の図3A(Fig.3A)は実際に発生した地電位差異常変化(上)と神津島周辺で発生した地震の時系列(下)を示しています。一目してわかるように地震は時間的に均等に発生していません。そこで(2)に示すようなテストをしてみます。 (2)ランダム地震発生テスト 本研究では異常変化と地震の発生した日時が分かっています。したがって、実際に発生した異常変化と地震との対応が偶然よりも高いか低いかを検証することにより、異常変化と地震との間に相関があるかないかを明らかにしました。 観測期間1139日のなかで、異常変化は19回、地震は23回発生しています。異常変化と地震との対応は一対一とします。仮にある地震に対して先行時間内に異常変化が複数あった場合は地震との間隔が最も短い異常変化の採用を基本とし、他の異常変化は“ハズレ”とします。また、ある先行時間内に異常変化と地震が複数個あった場合は、先の異常変化と先の地震、後の異常変化と後の地震とを対応させます。このような条件で実際の異常変化と地震との対応を調べると、先行時間30日で11回、20日で10回、10日で6回、3日で4回となります。次にこのような対応回数が偶然よりも高いか低いかを検証する手法として、コンピュータでランダムに異常変化や地震を発生させたときとの対応回数を比較してみます。 まずは、異常変化を実際の発生日に固定し、地震23個をランダムに発生させ、30日、20日、10日、3日の先行時間での対応をテストします。その結果が下図AのAARになります。この図の(n)にあたる部分をみると、先行時間が30日と20日、3日のとき、Actual Rate(実際の対応)が95.4パーセンタイルを超えています。これは、ランダムテスト100回の試行で実際の異常変化と地震との対応回数と同じまたはそれを超える場合は4.6回しかないことを意味しています(論文では1万回試行していますが、わかりやすい説明として100回にしています)。統計的には偶然では起こりにくいことをこのテストは示しています。次に地震を固定させ、異常変化19個をランダムに発生させた結果が下図BのEORです。このテストでも先行時間が30日と20日のときに95.4パーセンタイルを超えています。
(A)ランダムな地震と実際に観測された地電位差異常変化との対応度。(B)実際に観測された地震とランダムに発生させた地電位差異常変化との対応。(n)は地震が神津島の東側と西側のどちらで発生したかのを考慮した場合、(y)は考慮しなかった場合。赤いラインは実際の対応度。青い点は対応度の平均値。黒いバーはそれぞれのパーセンタイル。 実は異常変化と地震との関係については、異常変化の極性と震源位置に明瞭な関係があります。下図の赤丸で示した地震は、先行する異常変化がプラスの極性を示しています。一方、青色で示した地震は先行する異常変化の極性がマイナスを示します。異常変化の極性がプラスのときは島の東側で地震が発生し、マイナスのときは西側で発生しています。これはゼニス海嶺の伸長方向で分けた場合にもあてはまります。対応が見られた11組の異常変化と地震はすべてこの関係が成り立っています。上図AとBにある(y)のバーは、このような異常変化の極性と地震の震源位置の関係を考慮した場合のランダムテストの結果です。異常変化を実際の発生日に固定させたAARでは先行時間が30日と20日のときに、Actual Rate(実際の対応)が99.7パーセンタイルを超えています。これはランダムテスト100回の試行で実際の異常変化と地震との対応回数と同じまたはそれを超える場合は0.3回しかないことを意味しています。言い換えれば1000回に3回しか起こらないほど、統計的には偶然に起こりにくいことを示しています。また、先行時間10と3日の場合でも95.4パーセンタイルを超えています。このような結果は地震を固定させたEORでも同様です。
異常変化の極性(プラス、マイナス)と地震発生場所との関係。マイナス極性の異常変化と西側で発生した地震とが対応、プラス極性の異常変化と東側で発生した地震とが対応。 (3)異常変化の極性と島の東西で発生する地震とが対応 異常変化の極性と震源位置との間には、先行する異常変化がプラスの場合は島の東側で地震が発生し、マイナスの場合は西側で発生するといった明瞭な関係がありました。先行時間が30日のとき、11組ある対応のなかで5組がプラス極性と島の東側、6組がマイナス極性と島の西側です(論文中の図3B(Fig.3B))。論文では正断層型や逆断層型など地震のメカニズム解と異常変化の極性との比較も行いましたが、そこに関連性は見出されませんでした。本研究で導き出された結果は、異常変化の極性は地震のメカニズム解とは関係がなく、単に島の東側または西側に発生する地震に関係するといったものです。 下図はその理由を模式的に示したものです。Aが平面的なイメージで、Bが良導体の層(conducting path)を仮定した鉛直方向のイメージです。この図は震源が島の東であっても西であっても異常変化は同様のメカニズムで発生し、電気的信号が島の東側から来るか西側から来るかで観測される地電位差異常変化の極性が決まることを示しています。本論文では異常変化の発生とその伝播のモデルを模式的に推測ましたが、研究の次のステップは、それらをシミュレーションによって検証することになります。
極性が異なる異常変化の発生モデル。(A)上からの図。(B)横からの図。 まとめ異常変化のあとに地震が起こった割合(警告率)は、先行時間30日で58%、20日で53%と決して高い率ではありません。しかし、時空間的な広がりの中で異常変化と地震との対応を比較すると、それでも偶然ではめったに起こらない対応であることをこの論文は示しています。米国科学アカデミー紀要の査読審査をパスし、なおかつ今週の注目論文として紹介された理由として、一つ目には地震のマグニチュードや震源距離のパラメータサーベイ(いろいろ値を動かして適当な閾値を決めること)を行い、先行時間についても3日から30日までの複数を示したことが考えられます。二つ目は対応する異常変化の極性と震源位置に明瞭な関係があったこと、そして三つ目にはランダムテストといった統計的な検証 を行ったことが考えられます。 以上から、神津島で観測された地電位差異常変化は、島周辺で発生した地震と関係がある、換言すれば先行現象であった可能性が極めて高いということです。ただし、これを実際の地震予知手法として考えた場合は、警告率は決して高くはなく、また、先行現象のある地震も島の近傍に限られているので、現時点では実用的な地震予知の手法といえるようなものではありません。しかし、本論文は地震に先行する電磁気現象が実際に存在することを示したものであり、地震電磁気研究を一歩前に進める事が出来たと著者一同確信しています。
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