書 評

長尾年恭 著
地震予知研究の新展開
近未来社 定価(本体2,381円+税)2001年2月

 本書は,電磁気的前兆(主として電界)の観測による地震予知のキャンペーンの書で,内容を示す表題にすれば「地震予知学の勧め」とでもなるであろう。地震予知反対論者や不可能論者(以下,不可能論者と略記)を説得するための書であるが,刊行に寄せて金森氏も言っているように,説得力の点ではイマイチと言うべきかも知れない。
 不可能論者にもいろいろいるが,実際に電磁気的前兆の観測を試みて検出できなかった人の場合,本人達は,電子機器にたいする知識・経験に自信があり,その装置は,前兆を観測したと称する者達のよりも優れているとの確信から不可能論者となっている。しかし,実際は,観測システムが不適切で,人工雑音や自然雑音の強い場所や周波数帯で観測したり,前兆の特長を無視した観測を行なった場合が多い。例えば,1-10 kHz 帯での前兆はパルスであることが知られているが,これを無視して連続波のみを観測している。本書を一読して再挑戦されることをお勧めする。
 マスコミ等で不可能を提唱している人の場合は,上記のような経験に基づくものではなく,感傷的な場合が多い。一例を挙げれば,前兆電磁界の発生は理論的に説明出来ないから前兆は存在しないとしているが,この人達は,Newton以前に生きていたら,リンゴが木から落ちるのを見てなんと説明したのだろうか。理論的にも実験的にも説明出来ていないことに地球での生命の誕生があるが,彼等の理論によれば地球には生物は居ないことになる。

 本書と類似のものに,最近では,”池谷元伺著「地震の前,なぜ動物は騒ぐのか」・[電磁気地震学の誕生],NHKブックス(970円)1998年2月(以下,NHKブックスと略記)”があり,本書の理解を深めるため,合わせて読まれることをお勧めする。古いものでは,”Gokhberg et al., Operational Electromagnetic Predictions of Earthquakes, ソビエット科学アカデミー地球物理研究所, 1985(地物究と略記)”がある。
 NHKブックスが,動植物等の前兆異常を電界で説明しているのが主であるのに対し,本書は,前兆電磁界の観測の説明が主になっている。

 本書は電磁気的地震予知学の必要を強調しているが,歴史的には,約2000年前のギリシャで,既に,地震前には電磁気的異常があると言われていた。我国でも,地電位に関しては,戦前から地震前の変化が数多く報告され,電波に関しては,1945年に地震前のラジオへの雑音の混入で予知していたことが紹介されている。
 我国での上記の予知学の最近の先駆けとなったのは,1982年のJGRに芳野氏等により発表された悪評高い論文で,震源域の深さ80km,M=6.1の地震の際,前兆が81kHzで観測されたとの内容で,本書は勿論,上記の地物研にも紹介がある。芳野氏は81kHzが震源域から出ていると固執したため,上記論文に関連した学会発表で,「お前,正気か」の質問が出たばかりではなく,以後,関連研究者の多くは,芳野氏の人格さえも疑うようになった。と言うのは,81kHzが深さ80kmの震源域から地表まで伝播することは,理論的にも経験的にも実験的にも,あり得ないためである。しかし,1990年頃までには,観測された電波は,震源域からのものではなく,人工の電波(通信・測位の電波)・空電であり,観測結果は妥当なことが明かになった。81kHzは,電離層下部で反射・吸収されるため,その変化で伝播距離が大きく変動することは戦前から良く知られていたにもかかわらず,上記の「81kHzが震源域から出た」との奇妙な推論が生じたのは,81kHzの人工電波・空電が無いものとしたことにあった。この経緯は,本書を一読すれば納得できるであろう。

 1990年頃までに,震源域の地表大気の静電界の強度が上記論文の81kHzの受信強度とほぼ同じ変化をする例が観測され,81kHzが震源域からではないことの論拠にもなった。このため,81kHzの観測は下火となり,代わって,地表の静電界の観測が盛んとなり,高性能で低価格の静電界観測装置も市販されるようになったが,その後の81kHz同様,あまり成果は上がっていない。その理由は,体積歪計の場合と同じで,地震の規模・場所・日時を予知して,観測装置を前もって震源域に設置しておかないと前兆データが得られないためである。
 1984年にTectonophysicsにVAN法が掲載され,その頃から電磁界の観測による地震予知も試みられ,Gufeld et al. により1983年からΩ電波(12.3kHz,VLF)の位相変動と地震の関係が求められ,1991年にPubls.Inst.Geophys. Pol. Acad. Sc.に発表された。VLFの位相が電離層高度と連動して変わることは,それ以前から良く知られていた。
 1993年の北海道南西沖地震以降,巨大地震前の電離層の異常は,恩藤氏により,電離層の定常観測のデータで確認されている。なお,兵庫県南部地震(1995年1月17日,M:7.2)の前,上記グループは,在モスクワ日本大使館に警告し,地震後には,ロシア政府が日本政府の警告無視にたいし抗議している。しかし,下記の理由から,警告が無視されたのは当然であろう。気象庁による上記地震の発表が遅れたのは,震源と規模が信じられず,確認後に発表することとなり,確認に時間がかかったためと聞いている。即ち,実際に地震が起きても信じられなかったのだから。

 地震前の電離層異常の原因に関しては,本書では触れられていないが,上述のNHKブックスでは,地震前の地表の帯電が電離層下部に誘起する帯電,所謂,静電誘導としている。地震前の帯電の例として,本書,NHKブックスとも,兵庫県南部地震の8日前に震源域で見られた竜巻雲を挙げている。荷電粒子が電界で加速されて新たに荷電粒子が発生し,それらが凝結核となる Wilson Cloud Chamber(霧箱)と同じ原理としている。ただし,霧箱の場合は,宇宙線等の高エネルギー粒子と衝突した分子がイオン化し凝結核となって,高エネルギー粒子の軌跡を糸状の霧で示すが,荷電粒子が電界で加速されても竜巻雲のような形の霧は発生しない。竜巻雲のようになるためには,Fleming の左手則に従う電流間の吸引力が必要がある。電離層は地表にたいし約千万Vで,地表の垂直電界は約200V/mあり,地表から電離層へ平均約1.8kAが常時流れている。この電流は,時として,St. Elmo's Fire で知られているように,目視でき,その際,Corona放電の場合同様,荷電粒子も発生する。このため,上記の竜巻雲の成因は,定量的には,地表/電離層間の放電電流によると言うべきであろう。
 上述の地震前の電離層の変化は,地表の帯電が原因とすることに問題は無いが,静電誘導だけで説明すると,上記の竜巻雲を説明できないばかりではなく,地表電界が,地表/電離層間の放電開始の値よりも大きくなる可能性がある。また,地表が正に帯電すると,静電誘導で電離層は下降するが,下部電子密度は減少する(電離層には金属のようなSharp Boudary は無いから)。なお,地震後の電離層の変動は,原水爆実験の際の電離層の変動同様,大気振動の伝播(音波モード)で定量的に説明できる。

 本書は地震予知全般にわたり詳しく解説しているが,何故か,地震前の地表大気の静電界及びそれと連動する帯電エアロゾル(帯電エアロゾルはその他の原因でも発生)については,上記の竜巻雲を除いて記載が無い。
 電離層(電離圏)とは,高層大気の電子とイオンが多く存在する領域と定義さているが,電波伝播に寄与するのは電子密度のみなので,以下電子密度の高い領域を電離層と略記することにする。上記の81kHzを含む約1MHz以下の電波の遠距離伝播を阻害するのは,電離層下部の高密度電子の大気との衝突による減衰である。なお,約10MHz以上の遠距離伝播をもたらすのも電離層の高密度電子で,それによる反射である。このため,前述のJGRの81kHzの受信は下記の様に推定できる。地震前に地表が負に帯電し ,これによる静電誘導で電離層下部の電子密度が減少し,それに伴い減衰が少なくなり,81kHzの人工電波・空電の受信Levelが上昇した。地震の発生と共に地表の帯電が消え,受信levelも元の値に戻ったと。または,地表の帯電が地表/電離層間の放電を誘起し,電離層内に電流が生じ,電流間の吸引力により高密度の領域が生じるため,電離層下部の大部分の領域では電子密度は減少し,1MHz以下は電離層による減衰は少なくなり受信Levelは上昇したと。この仮定では,震源域が負に帯電すれば,震源域に前兆が現れるが,震源域は正に帯電し,その周辺が負に帯電すれば周辺部にしか前兆は現れないことになり,どこにも現れない状況も出てくる。実際の震源域では,正・負の領域が発生し,負の領域で放電が起こり,前兆が観測されるのであろう。

 VAN法の発表,地物研の刊行,VLFの定常観測等から既に15年が経過し,串田法も衆知となっているのに,今なお,電磁気的地震予知学の創設を唱える本書の刊行が必要となった理由を考えてみる。
 不可能論者は,随伴性(Contingency)の証明の必要,即ち,次の4例の総てを明らかにする必要,を指摘していることが本書には記されている。

 (1) 予知あり,地震あり
 (2) 予知なし,地震あり
 (3) 予知あり,地震なし
 (4) 予知なし,地震なし

 ここで,予知として,多くのミミズが地表に出て来て総て特定方向に進む事象を取り,地震として,この事象のある領域を震源域とする巨大地震とすると,経験では(1) は常に成立する(例はあまり多くないが)。と同時に,(2),(3),(4)は成立することも,成立しないこともある。
 不可能論者が強調するのは,(1)・(4) は常に成立し,(2)・(3) は常に不成立でなければ,いくら[(1) が常に成立しても上記の予知は前兆とは言えない。]と言う事である。
 しかし,実際問題として,ミミズがいない震源域やミミズが地表に出れない状況の震源域で(2)が常に不成立となるはずはない。
 即ち,不可能論者に納得してもらうには,前兆の無い巨大地震のあることをまず明確にする必要がある。上記の例のように,(2)に対応する「電磁気的前兆が殆ど観測されない大地震」に下記の3種類が知られている。

 「高緯度地方の地震」,「深発地震」,「噴火に伴う地震」

 高緯度地方では,オーロラの発生と同じ様な原因で,磁力線に捕らえられて進入してくる電子により強い大気雑音が発生し,例え電磁気的前兆があっても,この雑音にMaskされてしまうため,前兆の検出は困難となる。
 深発地震の場合,1kHz以上で前兆が観測されない理由は,地震に伴う電磁界の観測で明かになっている。地震に伴う電磁界は下記の方法で容易に観測できる。即ち,地震動を Trigger にして,Triggerの数分前から数分後まで Event Recorder が働くようにすれば,震度1は無理でも,震度2程度以上なら,地震に伴う電磁界を記録できる。地震動に伴う電磁界は,振幅がほぼ地震動の振幅に比例し,周波数はほぼ1/f特性を持ち,スペクトルはプランクの黒体輻射,即ち熱雑音と同じであることが観測されている。スペクトルが熱雑音と同じということは,観測されるのは,センサ(アンテナ,電極など)及び観測点の振動による誘起電圧だけではなく,地震動で地面が熱的に励起されて輻射された電磁界が主と解釈できる。Fleming の右手則に従う誘導電流及び地下水の移動では,10kHz以上の電磁界の発生を説明できない。電磁界の振幅が地震動の振幅にほぼ比例していることは,センサはその近傍からの輻射のみを受信していること,遠く離れた震源域からの電磁界は受信していないこと,電波は地中を殆ど伝播しないことを示している。即ち,1kHz以上の前兆が震源域で発生しても地表では感知できないことになる。ところで,地殻は深さ10km程度のところの電気伝導度が最小で,それよりも深くなるほど伝導度が大きくなると推定されており,導体は電磁気的前兆は示さないから,深発地震には電磁気的前兆は無いと考える方が妥当かもしれない。
 噴火に伴う地震の際,前兆電磁界が観測されないのは,深発地震同様,震源域が高温で電気伝導度が大きく前兆電磁界が発生しないためと考えられる。または,地震の発生メカニズムが通常の地震とは異なり,マグマの圧力の急変が Trigger となって地震が起き,前兆から地震までの時間が短いためかもしれない。

 この15年間に,観測データの量は増えたが,その質は殆ど変わらず,不可能論者を説得するのに必須とされている下記のデータは得られていない。

 (1)前兆であることが確実なデータ
 (2)規模・場所・日時を演繹できる前兆データ

 VAN法串田法の詳しい説明が本書にはあり,その批判の中で,大多数の地震学者の同意が得られる手法では無いことが述べられている。評者(高橋)も,有志と一緒に串田法の的中率・予知率を検討したことがあるが,評価不能と言う結果であった。本書で指摘されているように,串田法では予知が時々刻々変更されるため通常の意味の評価法は適用できない。このことの他,VAN法も同じであるが,有意性を検討するには予知の精度があまりにも低すぎる。このため,上記の(1)の条件を満たさないとされ,その他の予知同様,殆どの地震関係者から無視されているのであろう。
 (1)のデータを得るには,震源域内での観測が不可欠と考えられる。我国で,数年以内に,例えば,M6.7以上の地震を,その震源域内で確実に観測するには,非常に多くの観測点を必要とし,しかもその多くが海底となり,費用の点から,この観測の実現は不可能となる。一方,トルコの場合は,North Anatolian Fault (NAF)で大地震が頻発しており,上記のM6.7以上の浅い地震は,過去60年間に15回起きており,今後数年以内に起きる確率は70%以上となる。このため,NAFでの観測が最も有効であろう。また,(2)を満足するデータを得るには,前兆電磁界の高精度での同定が不可欠で,このためには,従来の方向探知方式では精度の点で不満足で,誤差10km程度で同定できる受信時刻差方式(双曲線航法方式)による同定が必要であろう。即ち,上記の(2)のデータの取得には,高精度の観測が必須であり,その実現には,本書が紹介している種々の観測方式を参考にして,それらよりも優れた方式を用いる必要がある。

(元通信総合研究所 高橋耕三


Source: [sems-net 779]