巻頭エッセイ 学ぶ・創る・遊ぶ

科学研究のあり方,
忘れられた一つの局面

上 田 誠 也 (うえだ せいや、東海大学地震予知研究センター、地球物理学)

 先日、仲間が集まって「地震発光」についての研究会があった。「地震発光」とは、地震のときにさまざまの色や形で空や大地が光るという現象だ、紀元前2300年頃のピラミッド・テキスト「地震が起こるとき、山は裂け・・・空は光り・・・」以来、洋の東西を問わず、各地で語り伝えられているのに、ほとんど研究されたことはない。集まった仲間にも専門家は一人もいなかった。ただ、単純に興味本位で人びとの集まっためずらしい会だった。ギリシャ・ローマ時代から現代までの数々の事例をまとめた発表、1965年の松代群発地震で撮影された輝く空の写真、1995年の兵庫県南部地震での生々しい体験談などからは、どうもこれは実在の現象と言わざるを得まいと思われた。そうとなれば、近年、話題の地震に関連する電磁気現象の機構解明に向けても無視できないだろう。
 興味深いことに、寺田寅彦は1931年に、"On Luminous Phenomena accompanying Earthquakes"というほとんど唯一の学術論文を書いていた。また、1933年の随筆では武者金吉の事例集大成『地震に伴う発光現象の研究及び資料』(1932年、岩波書店)を紹介し、「従来の地震学者地球物理学者は、ほとんどこの問題を問題として取扱わなかったようである。これには色々の理由がある。中でも主な理由としては、多くの学者にとってもっと明白で普通で、アカデミックで、板についた問題が他に沢山あるので、こういう毛色の変わった問題にまで触れる暇がなかったためもあろう」とある(『寺田寅彦全集』第16巻、岩波書店、1998年)。
 しかし、その後も地震発光現象の研究はまったく進んでいない。ほかの面でも多くの先見性を発揮した寅彦の偉大さもさることながら、現今のわが国の基礎科学研究のありさまに対する辛らつな警世のことばでもあるように思える。今や、研究者は総じて流行のテーマで、急いで目立つ成果をあげ、一流誌に多数発表するのに汲々たるありさまだが、これはNo risk, high return主義(?)の科学政策によるところが大きいのではないだろうか。Funding agenciesはNo risk, no returnという歴史的事実をもっと認識すべきであろう。
 最近、宮沢賢治を読み返す機会があった。「銀河鉄道の夜」(1933年)などに見られるその学識・新鮮な発想はどうして生まれたのか? 同時に読み返した大陸移動説の元祖、ウェーゲナーの書("The Origin of Continents and Oceans", 1924年に英訳)からもその大胆な発想に感銘を新たにした。これらは目先の成果にとらわれない営みから生まれたに違いないように思われる。
 寺田先生、私たちは慌しさに紛れて何か大切なことを忘れているでしょうか?

Source: 科学, Vol.77 No.9
[Uyeda.html]