第3回一般教養研修講演会

「地震予知への挑戦」

東京大学名誉教授 元地震研究所教授 日本学士院会員 上田 誠也
東海大学・海洋研究所 教授・地震予知研究センター長 長尾 年恭
東京学芸大学・教育学部・物理学科 助教 鴨川  仁

【理事長】 今日は本当に有難うございます。初めに今回の経緯を簡単に説明させて頂きます。地震予知について興味を持っている楽理会員に頼まれて、私の友人で若くして東大教授からカリフォルニア工科大学教授になった地震学の世界的権威金森博雄先生に、話を聞く機会を持ちました。その際、彼から、予知については一番良く研究されている上田先生の話を聞くよう勧められ、ご紹介頂いて、本日、三先生にご講演頂く事になった次第です。では宣しくお願いします。


鴨川先生、上田先生、長尾先生(左から)

【上田先生】 お話のような事情ですが、こんな大人数を前に話すのは滅多にない事で、地震予知に対する社会的要請が非常に強い証かなと心強く勇んでお話します。私は前座でなるべく一般論を申しますが、ストレートな私見で公の意見とは甚だ遠く、世の中から暴言とか不規則発言とか言われます。その責任は私にありますが、ここにいる二人が超多忙で打合せ不足なのはお許し下さい。
 私は東大の地震研に定年までおりましたが、当時は地震予知には全く興味がなく、大陸移動、海底拡大、プレートテクトニクスとかに憂き身をやつして、「予知などできるわけがないと言っておりました。ですがこの3テーマに一応けりがついた時にVAN法という電磁気的な地震予知法に遭遇して、地震予知が最後のフロンティアとして浮かんだのです。ですから私の話は初めからバイアスが掛っている点ご容赦下さい。
 「地震」は急激な断層運動です。断層はプレート運動の結果たまったストレスが開放する時にずれる。プレート運動は基本的にマントル対流によって引き起こされ、マントル対流は地球が冷える過程で起こると言われています。
 これで地震のメカニズムがわかったから予知もできるかというと、そうはいかない。プレートテクトニクス理論のおかげで地震の分布など非常によく説明できましたし、それには金森さんが大活躍されたのですが、この理論は非常に長い年月かけておこる事象について予言できても、地震の短期予知能力は全くないのです。
 用語を少し解説しておきます。EQはEarthQuake、地震です。Predictionとforecast、forecastの方がより確率的な話で、日本語では「予知」と「予測、予想」、またEQ precursors、これは「前兆」とか「先行現象」で、地震の前に起こる異常現象です。「予知」や「前兆」という言葉には何となく神がかりのようなニュアンスがあるので嫌う人もいますが、なるべく普通の言葉として使うのがいいと思います。Macro-anomaliesとは「宏観異常」、近代的な計測装置で計らなくても直感的に分かるような種類の、動物の行動や雲とか音とかを全部まとめて言います。地震予知には、いつ、どこで、どの大きさという3要素が必要です。時々間違える人がいるのはマグニチュードM震度、Mは地震一つに一つ決まるエネルギー、震度は場所によって違います。
 ここで大事な事は、前兆とか先行現象は地震発生の原因である必要は全くなく、要するに地震の前に起これば良いのです。地震の短期予知には、電磁気などの「非力学的前兆現象」が非常に重要だと思います。それは地震発生過程の副産物のようなもので、前兆現象を起こすのに必要なストレスが、地震を起こすのに必要なストレスよりほんの少し小さければ先に起こるわけです。それからVAN法、これは公平に見て20年以上にわたり短期予知に成功してきた唯一のシステムです。私は言わばこういう「通奏低音」の下にお話します。


 予知する時期の問題、長期は普通10年以上、中期は数年。秒単位の「緊急地震速報」が流行っていますが、これは発生した地震を素早く知らせるだけで予知ではなく、遠い地震なら数十秒の準備待問ができると言いますが、直下型の場合には間に合わないので科学的にも実用的にも意義は疑問です。短期予知は数カ月から数分の先行現象を見るのですが、これこそが地震予知の本命で、成功不成功の検証が可能です。長期予測については、地震調査研究推進本部という所が地域ごとの「30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」を出していますが、%で言えば起きても起きなくても良いわけですから検証不能です。


 中期予知は多少検証できる。東海地方は非常に規則的に地震が起きているので次はここだと、20年以上前に予告したが起きない。つまり東海地震の地震予知は失敗したと思います。最近駿河湾辺りでかなり大きな地震があって東海地震かと騒ぎになったが、判定会の会長は違うと言明した。あるシナリオに沿う地震だけが東海地震だと言うのです。本当に大地震があっても予知に失敗したら、「我々の考えた東海地震ではない、今後も注意深 く見守る」と、よく聞く言葉ですがそう言うのかなと思います。アメリカでも、有名なカリフォルニア州のサンアンドレアス断層で、22年周期で非常に規則的に地震が起こっていた。そこで5年以内に起こると1985年に、72時間以内に起こると92年に言ったのに、実際の発生は12年後、中期・短期予知とも完全に失敗した。今や短期予知研究はどこでも殆ど行われていません。「短期予知はできないから、予知研究は止めて、基礎研究だけしよう」というのが今の公の説です。これは決して秘密の事ではありません。
 世界的な予知研究の歴史を振り返ると、ストレスが地殻に徐々にたまってついに割れるという近代地震学の基礎理論「弾性反発説」が1900年頃出ました。60〜70 年代には予知研究の国家プロジェクトが始まり、“dilatancy-diffusion model”という説が、一世を風靡しました。地震の前にストレスがたまると地殻が隙間だらけになって周りから水が入る、すると地震波の速度が変わるという話です。しかも同じころ中国では海城地震の予知が大成功した。74年6月に中期予知、12月に短期予知、数時間前にアラー卜を出して、人々が助かった。こうして、世界的に圧倒的な楽観論が起こりました。ところが、その楽観論は10年位で壊滅します。正確に測るとさっきの地震波速度の変化などは無かった、また75年に唐山地震というM7.8の地震が起きたが、直前予知が出ず数十万人が死んだ。それで悲観論、地震予知不可能論が支配的になり、「地震予知」は殆ど禁句になってしまったのです。
 日本の国家計画としての予知研究は62年に始まって、地震観測網を整備した。これは大事な事でしたが、地震観測だけでは起きた事はわかるが前兆の検知はできない。当然阪神大地震でも短期予知はできず、批判が高まった。前兆現象の必要性は皆認識していたのに、地震計観測だけに集中して既得権益化し、電磁波とか非地震の前兆現象の観測や検知能力の整備など実際上全くやって来なかった。阪神大震災後地震学者は熱心に自己批判しました。しかし建前上前兆検知努力をして来なかったとは言えないので、前兆検知は誰にもできない、短期予知は不可能、従って研究も無駄という結論を出したのです。これはもう組織防衛の典型です。従来の地震学以外の方法で予知に成功されたら困る、それができるなんて言うのは不規則発言というわけで、既存体制は温存、予算も増えて、しかも短期予知はしなくて良いという事になってしまいました。大問題なのは国民がそれを知らない。地震予知という名目で数百億円も使っているんだから、短期予知も一生懸命やっていると思っているでしょうが、実は違うのです。
 そうして5カ年計画を更新しながら来たのですが、ついに去年頃から「予知しない予知計画とは如何なものか」という声が起こりました。無理もない事です。そこで、2009年度からの計画では「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」と名を改め、禁句だった「予知」という言葉も人れて、「予知が極めて重要j とか、「予測科学的視点を」とか書いています。実際は、「地震計の感度を上げろ」とか、「もっと並べろ」と言っているだけですが。
 本論に入ります。非常に重要なのは、否定し切れない非力学的な短期的前兆現象が確かに存在する事です。阪神淡路大地震の際には、電磁気以外にも、雲などの宏観異常や地下水位の異常など多数報告されました。例えば、神戸薬大で10年以上測っていたラドン濃度が、大地震前に顕著に上がったという論文が出ました。皆面向いと思いましたが、計画の最終年度だったせいか研究費が翌年から出なくなりました。


 電磁気異常についても、阪神大地震では広い周波数範囲で多数検出されました。これには基本的に2種類あって、地下から出る電磁信号と、電波の空中伝播の異常です。多くの研究者が色々な方法で研究観測していますが、国の予算は殆どゼロです。
 電磁信号の放出を予知に利用したのがVAN法、ギリシャの Varotsos, Alexopoulos,Nomicos が80年代に始めた方法で、成功率が60%を超え、しかもMが大きいほど良いという立派な成績を唯一出し続けています。地電流を多地点で連続観測して、地震前に出るシグナル=SES (Seismic Electric Signal) として予知します。
 地震はSES検知から数時間〜1カ月に起こる、対象はM5以上、震源は大体半径100km内、Mは0.7位の誤差に入る事を基準にして、殆どみな成功しています。ところが不思議な事にギリシャの地震学者に迷惑だと嫌われている、すると連鎖反応で国際的にも評価が上がらない、宣伝しているのは私くらいです。


 VAN法の成績ですが、ある期間にM5.5以上の地震が13ほどあった中11個は予知できた、しかも一度だけあったM6の大地震はちゃんと当てている。立派な成績です。VAN法は日本でもやりました。長尾さんが後で詳しく話しますが、阪神大地震後に束の間お金が出たんです。SESをいくつか捉えて評価委員会では継続すべきとされたのですが、なぜか予算を止められてしまいました。
 次は電波の異常伝搬の話、これはLAIカップリングと言って、地球のLithosphere 岩石圏、Atmosphere 大気圏、Ionosphere 電離圏が地震の前に連結して異常が起こるという考えです。地震前に地下で何が起きて電離層の変化〜電波の伝播異常に及ぶのか不思議ですが、後でまた鴨川さんが説明するはずです。


 その一例は、北大の森谷さんが北海道南部で観ているFM波の伝播異常ですが、これは八ヶ岳天文台の串田法の発展です。森谷さんの成果は非常に規則的で、Mと異常継続時間の聞に非常にリニアな関係がある。しかもMよりその場の震度にもっと関係があると言うので、メカニズム上も新しい問題を投げかけています。
 ここで私の通奏低音テーマに戻ります。問題は二つ、SESは地震の先行現象としては観測されるが、地震発生時には観測されない。また、SESの発生と同期して他の現象、地震活動やマイクロクラックとかが殆ど観測されない。この二点が不思議で、それでは駄目だと言われるのですが、事実は認めなければならないのです。
 そこでは、本来固体物理の専門家であるVarotsos,Alexopoulosの「圧力誘起電流モデル」が答えになると思います。時間と共にストレスレベルが上がりクリティカルな所へ来ると、地殻の鉱物中に沢山ある電気双極子が一斉に方向を変える、物性論で言う協力現象によって、過渡的に電流が流れます。ですから、地震が起こってストレスがなくなる時にはシグナルが出る必要はないというわけです。証明されてはいませんがこれがコンセプトです。
 統計物理学では、ある臨界値になると自然に起こる事象は「臨界現象」と言います。SESが出るのも地震そのものも臨界現象とすると、地震予知とは臨界に近づいた事を認識する事になりますが、いつ臨界期に達したかを言うのは非常に難しい。そこで“Natural Time”という新しい時間概念を入れると、それが同定できると言うのです。これは非常に革命的な概念で皆非常に興味を持っていますが、専門的な説明は難しいのでここでは簡単にします。


 “Natural Time”とは天体の運行等で計る普通の時間ではなく、要するにある事象が起きた時に時間が進む、起きなければ時間が止まるという考えです。 Conventional な時間では図のような間隔で起こる一連の事象が、Natural Time は事件が起きなければ時間は進まないのだから等間隔に並びます。N個の事象を含む時系列のk番目の事象が Natural Time χ k に起きるのですが、臨界状態になるとオーダーパラメー夕ーκ10.07に収束すると言うのです。これが臨界現象一般に適用できるかどうかは理論化できていないようですが、最先端の物理学ではそういうことは普通のようです。
 皆さん地震電磁気研究は手弁当でやって来ましたが、少ない研究費で各地で成果をあげています。学際的研究が非常に活発で、同じような仲間が世界中にいるんです。国際測池学・地球物理学連合 IUGGに「地震火山に関する電磁気研究作業委員会 EMSEV」ができて、長尾さんが今事務局長をやっています。結論的には、短期的前兆現象の電磁研究はこの20年ほど大きく進歩したが一般社会の認知からは遠い、これが現実です。理由は色々でしょうが、有無を言わせぬようなホームラン的な観測がまだない。また少し自戒をこめて言うと基礎的な問題がまだ解けていない、つまりSESの発生メカニズムLAIカップリング、どちらもモデルはあるがまだ実証されていないのです。
 最後に人間が初めて空を飛んだ頃の話をします。「空気より重い空飛ぶ機械は不可能」とケルヴィン卿が、また「飛行機の可能性は否定しつくされた」とエジソンが1895年に言っています。ライト兄弟も「人類は今後50年は飛べないだろう」と1901年に書いている。ところが彼らは1903年に実際に飛んだんです。だから地震予知実現の可能性もまんざら捨てたものではないというのが、私の結論です。

【長尾先生】 東海大学の長尾と中します。阪神淡路大震災でパスが落ちそうになった有名なシーンがありますが、これが私の地震予知研究の契機となりました。私は上田先生の所で学位を取得してから、南極やギリシャにも行きましたが、金沢大学を経て現在は静岡で電磁気学的な地震予知研究をしています。
 VAN法の直流地電流から、串田法のVHF波伝播異常まで、非常に多くの電磁気学的な地震直前予測研究と観測が、日本の多くの大学で手弁当で行われています。理由の一つは、機器の進歩で安く簡単に観測できる事で、工学系の人が沢山参入しています。ところが国の研究費が出ているのは北大と東海大学だけ、地震予知研究は事業仕分けの対象にもなっていないのです。
 国策研究には独立行政法人等に100億円単位で出していますが、大学関係の地震と火山の観測研究には300人位に研究費は全部で4億円ちょっとなのです。


 阪神淡路大地震では、大気中の前兆現象が色々観測されました。これは震源の真上に出た有名な竜巻雲ですが、連続写真がありまして風向きに逆らって動いた事実が再現できました。


 1月17日に起きた大地震の前3カ月の電磁波観測データです。9日と10日に伝幡異常も含めて全ての帯域で極めて大きなピークが出ています。9日には先ほどの雲も含め、大気イオン濃度など全ての現象が一致しています。前兆現象は確かに存在するという事です。
 次に我々自身の電磁波観測データを紹介します。2000年に三宅島で大噴火、全島避難という事態が起きました。阪神大震災後に始まったフロンティアプロジェクトで、当時新島など伊豆諸島に集中的な観測点、伊豆半島にも観測網を展開していました。


 図は地磁気3成分、地球磁場を東西南北上下方向非常に精密に測る装置を3台置いて、アレイ観測(言わばカラー撮影)をしていました。新島の地電流ですが4月末頃から顕著な異常が出て、伊豆半島の観測点でも磁場の変化を検出しました。異なった手法、異なった場所で、同じ時系列データを取得できたのです。
 前兆現象は確実にあると言いましたが、信号としては小さいので漠然と測って分かるものではありません。非常に精密にノイズと分離する必要がありますが、地磁気あるいは地電流観測で一番影響の大きいのは太陽活動、これは3カ所の観測点があればシグナル抽出できます。具体的には3カ所のデータを使い固有値解析を行って、分離する事が可能です。最も大きな成分は当然太陽活動により誘導される地磁気変動です。2番目に大きいのは人間活動の影響、これは大きく日変化しています。地震の前兆はデータ処理後の残りの成分なので、それを客観的に判定するには観測点が複数なければいけません。この時はたまたま台風と地震に直撃されて2つの観測点が2ヶ月停止してしまいましたが、房総半島と伊豆半島にもアレイがあって方位探査ができました。この段階では地震か火山活動かはわかりません。決めるためには地震活動・地殻変動と電磁気活動、両方観測することが重要なのです。
 SESの発生については色々なメカニズムが提唱されています。最近私達の実験で、「正孔電荷キャリア」という現象、つまり自然の岩石が半導体のように振舞う事がわかってきました。岩石の電磁気現象で代表的なピエゾ電気とは違って、電子空孔・空隙が動いてSiO2を含まない岩石でも非常に大きな電流が流れるのです。仮説は沢山ありますが、このメカニズムが重要ではないかと今考えております。


 信号弁別の話に戻りますが、電磁気観測で一番影響の大きい太陽起源の「地磁気脈動」を除去する有望な方法が、「地磁気共役点」での観測データを使った補正です。地球の磁力線は北半球と南半球の「地磁気共役点」で地表と交わっていますが、そこでは同じような磁気変化が表れます。その証拠に、アイスランドと共役点の昭和基地では、同時に同じような形のオーロラが見られます。


 図は九州内陸で起きた地震に関する成功例です。上図が地震エネルギーの積算で、下のグラフの3本の線は地磁気変化、赤い線が鹿児島の観測点、緑は参考にした小笠原・父島、これが地磁気共役点のオーストラリア・ダーウィンのものです。普段は離れた所でも地磁気の変動は一致しているのですが、赤い線だけ地震活動に2〜3週間先行して変化しています。これが地震の電磁気学的前兆ではないかと言えるのです。
 地震予知には電磁気観測が有望で地震観測では無理と言いましたが、我々は「地下天気図」を作る試みをしています。阪神大震災の後、地震計が大増設されて今や日本中で数千個にもなったので、それを利用するのです。ここで紹介するのは非常に簡単な原理で「RTM法」と言っていますが、ある地点の近傍 Region で、最近 Time、地震 Magnitude がどの程度発生したかという地震の活動度を、RTMの積として関数化して地図にすると、大地震前には震源付近で地下の活動度が異常に低下、静穏化する事がはっきり分かりました。


 一昨年の岩手・宮城内陸地震前の地下天気図ですが、静穏化異常が分布して地震が起きた。阪神大地震、四川地震、ハイチ地震の時も同様でした。実は地震学も捨てたものではないのですが、気象庁はやっていない、今やっているのは、東海大学、ロシアと中国の3個所だけです。


 宏観異常の分野では、動物の生体磁気・生体電流等を扱う国際誌が出ています。これに、四川地震前のマウスの異常の報告が出て、飼育中地震の3日位前から非常に顕著な行動量の低下が見られた。また、全暗黒で飼育していると体内時計が一日23時間位でどんどん進んでいくのが、circadian rhythm が全く見えなくなって地震が起き回復したと言うのです。ですから、確かに何か異常な現象があったと考えています。
 最後に地震制御という事で、地震予知より先に実現するかも知れない研究を紹介します。中央アジアのキルギスで、非常に大規模な地中への電流注入実験を行っています。これは、ソ連時代に核戦争で電離層が吹き飛んで通信ができなくなるのに備えて、電磁流体発電機MHDという装置を使い、モールス信号をパルス電流にして地下を通じて送ろうとした所、地震が起きだした事に始まります。愛知万博でキルギス館に「地殻変動深層電磁コントロールシステム」が稼動しているという展示パネルがあり、それに気付いて2008年に現地へ行って、研究する価値ありと国際プロジェクトを立ち上げました。電磁パルスを注入すると小さな地震が増え、入力エネルギーの100万倍位の地震エネルギーが出る。明らかに電磁パルスは地震の原因ではなくてトリガー、誘発現象です。注入すればどこでも地震が増えるのではなく、特定の場所でしか増えない。これから、地殻の地震にクリティカルな場所を確かめることができるのです。


 これは100回実験した時の地震発生数、day 0にパルス電流を送ると、2日後位に地震が急に増えるという結果です。つまり、地震は time of no return の状態で何かがきっかけとなって起きる、きっかけは電磁的なものか、低気圧とか潮汐とかかも知れない。ですから、地震予知には地殻が critical な状態にあるかどうかの判断が重要で、それには Natural Time という概念が非常に有効でしょう。また電磁現象は勿論、地下天気図から地震制御に通ずる“Active Monitoring”まで、「萌芽研究」と言いましょうか、可能なら特許取得も含めてやっていきたいと考えています。
 科学的な予知と実用的な予知にはまだ大きなギャップがあるのですが、監視技術が進歩してさっきの地下天気図などもできています。また、公式には「東海地震だけは予知できるかも知れない、他は不可能」と言っていますが、本当は東海地震が特別ではなく、それだけは気象庁が24時間モニターしているが、他はそれをやっていないのです。そして勿論一つの手法だけに頼ってはいけない、地震学的方法と電磁気学的方法等の合せ技が大事なのですが、今の体制はそうなっていません。
 最後に、都知事達と話すと地震予知は要するに経済問題、非常に大きな経済的影響を与える可能性があります。中国で予知が成功したのは失敗しでも誰も訴えないという事情があったというわけで、予知の実用化には社会的なコンセンサスが必要という事で私の話を終わります。

【鴨川先生】 東京学芸大学・物理学科の鴨川です。物理学科でも普通こういう研究はあまりやりませんので、背景をお話しします。早稲田大学大槻義彦先生の下にいた大学4年の時、阪神淡路大地震が起きて、発光現象が出たというので調べに行ってみると、他にもラジオのノイズとかいっぱい出たようだという事で、気づいたら修士、博士、就職後までこの危ない世界に踏み込んでいました。大概、こういう研究は、上田先生のように偉くなって、色々賞も貰ってから「やってみるか」と言うのが定番ですが・・・。
 今日の演題は「宇宙から見た地震」で、宇宙からでも地震が見えるという話をします。宇宙の定義ですが、我々の住む「大気圏」は高度おおむね100kmまで、それ以上はわずかに残る空気が電離してプラズマ状態になる「電離圏」で、ここからを「宇宙」と言います。ちなみにジェット機の飛ぶ高度は10km、宇宙ステーションは350km、GPS衛星は2万km位です。


 電離圏の状態を測る方法は色々あります。古典的な方法は、地球から色々な電波を打ち上げてその反射状態をモニターし、長く蓄積されたデータがあります。衛星を打ち上げて、周囲状態でその場所の状態をチェックする事もできます。最近ポピュラーなのはGPS衛星の利用です。GPS衛星は二つの周波数の電波を出していますが、電離圏を通る時に波の分散性によって位相が変わるので、それを受信すると透過経路の総電子数を求められます。この原理を応用すると、宇宙からどこで地震が起こったかが分かる。いわば「宇宙地震計」ができます。日本にはGPSのステーションが山ほどあるので、電波を受信すると、地震が起き大地が揺れて空気が押し上げられる様子を見ることができます。


 地震が起きて大気が揺さぶられ、8分位で高度200〜300kmに0.1%ほどあるプラズマを揺さぶって、電子状態の変化がGPS電波の受信データに表れます。要するに波を見ているので、地震計と同じ原理で震央を計算できます。一番大きく揺れた場所は、地震計でも宇宙からの観測でも殆ど一致します。この技術は津波にも応用でき、スマトラ沖地震の時の津波も、きちんと見られました。GPS受信機はどこにでもありますから、貧しくて検潮計が置けない国や地域でも襲来がわかります。


 以上の話は地震後の事で世界中で研究していますが、やはり地震の前が大事です。1970年代にロシアで「地震の前に電離圏が変だ」と言って研究が始まり、90年代になって統計的にも「やはり変化はある」という事になってきたのです。ただ電離圏が変化するなら地表にその原因となるものがあるだろうと考えて、ラドンなど色々調べていますが、未だに理由は分かりません。
 これは1999年に台湾で起きた大地震の時の電離圏の様子で、赤線が刻々の上空の電子密度です。電離圏の電子密度は太陽エネルギーによって昼間高くなります。この図の青線が平均の参照デー夕、標準偏差が細い黒線です。地震発生の3〜4日前に変化が見られますが、これが地震に関係あるのではという報告があり、既に10年間のデータで統計的に有意な結果が出ています。


 また、GPSを使うと空間的な状態も分かりますが、台湾の周辺だけ電子密度の低下が見られています。
 前兆現象を良く調べるには大地震の前を調べたいわけですが、大地震は数が少ない。それは地震学で言うグーテンベルク・リヒター則で、マグニチュードが1上がると発生数がほぼ10分の1になります。例えば日本ではマグニチュード7以上の地震が過去10年間に約20回ほどありましたが、世界中では1年聞に同数位あります。という事は、衛星を上げて調べれば1年でもかなりのデータが集まるだろうというので、地震国ではないフランスが2004年に打上げました。“DEMETER”と言い、もうじき運用を終えますが、打上げ例・予定は世界中で中国を含めいくつかあります。残念ながら日本ではこういう企画は「アメリカがやってないから」という理由で却下です。最近やっと計画のためのワーキンググループはできるようになりましたが。DEMETERは1日地球を15周、膨大なデータから何千という地震に関し統計解析して、やはり地震の前だけに特別な異常、具体的にはVLF帯の電波強度が小さくなるという現象を見つけています。長尾先生の紹介された「正孔現象」も宇宙から研究されるような段階で、メカニズム研究ももっと活発になるのではないかと思います。
 以上、宇宙と地震はつながっていて、宇宙からの観測によって津波警報や震央の決定などの防災や、地震予知の可能性もあるという事です。

Source: IPCCnews No. 266, (財)工業所有権協力センター, 平成23年1月24日発行
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