イノベーション25提案書

電磁気学手法による短期地震予知科学・技術の早期達成

 「イノベーション25」とは、安倍政権の所信表明演説に盛り込まれた公約の1つであり、2025年までを視野に入れた成長に貢献するイノベーションの創造のための長期的戦略指針のことです。政府として「イノベーション25」の策定を重点的に進めるため、イノベーション担当大臣を設置して高市早苗内閣府特命担当大臣を これにあてるとともに、内閣府に「イノベーション25特命室」を設置しました。
 本提案は、平成19年3月19日にイノベーション25特命室へ提出されましたが、 採択までには至りませんでした。皆様の御支援、誠にありがとうございました。
平成19年3月16日

提案者
 鴨川 仁 (東京学芸大学物理学科助手)
共同提案者
 上田誠也(東京大学名誉教授・東海大学教授・日本学士院会員)
 長尾年恭(東海大学教授)

提案支持者
 有馬朗人(元文部大臣・リアルタイム地震情報利用協議会会長)
 尾池和夫(京都大学総長)
 小山孝一郎(首都大学東京客員教授)
 児玉哲哉(宇宙航空研究開発機構主任開発員)
 服部克巳(千葉大学助教授)
 早川正士(電気通信大学教授)
 藤縄幸雄(リアルタイム地震情報利用協議会専務理事)

概要:電磁気学手法による短期地震予知科学・技術の早期達成

 短期地震予知科学を確立し,地震予知情報を日常的に広報するシステムを構築する。

 巨大地震による災害は、社会環境の進展とともに急激に増大します。一首都圏直下型大地震が発生すれば、その被害は甚大であり東京発の世界的な経済恐慌すら予想されます。 地震予知研究はこれまでも国費により、数十年にわたり行われてきましたが、いまだに予知に成功した事がありません。その主な理由は、従来の研究が地震観測に偏重してきたためと思われます。地震予知研究に地震観測が必要なのは当然ではありますが、それだけでは予知は不可能です。換言すれば「地震計は地震発生前には何も記録しない」という事です。地震発生を本当に予測したいのであれば、地震が発生する前に地下でどのような現象が生起しているかを理解することが必要条件ですが、地震観測だけではその目的を達成することはできません。これが従来の予知研究の致命的欠陥であったのです。大地震直前の電磁気現象異常、地球化学・地下水異常(ラドンの噴出、地下水の温度変化など)が、我が国を含めて世界各地で報告されているのにこれらの成果はほとんど注目されてきませんでした。それは地震観測偏重の弊害だと思われます。我が国では特に電磁気学手法による研究において世界リードしているのにもかかわらず、上記の事情によってその研究の促進が阻まれています。一方、地上でのこれらの観測のみならず、既にロシアアメリカフランスイタリアでは人工衛星による観測すら進められています。特に中国は国家重点プロジェクトとして地震電磁気観測衛星を開発中です。これらの手法を総合的に用いれば、短期地震予知は科学的には射程内にあると考えられますが、地震多発国でありかつ地震科学の世界の最前線にある我が国では、「短期予知は当面不可能」という固定観念に縛られて、短期地震予知研究は国家政策としてはほとんど放棄されているのです。(この事情は一般国民にはほとんど認識されていません。)これが我が国で予知研究が進まない最大の阻害要因なので、ここにこそ発想のイノベーションが必要と思われるのです。
 地震短期予知は、すぐ実用化できるほど易しいテーマではありませんが、永久機関などとは違い、科学研究の正道を歩みさえすれば、遠からず成功するに違いない科学的作業なのです。イノベーション25として、短期地震予知科学・技術の確立に向けて地震電磁気学的手法による「新しい地震予知研究」促進を提案いたします。
 短期地震予知の達成及びその技術移転は、今後爆発的な人口増加・経済発展の期待されるアジア・中東・中南米諸地域における安心・安全のためにも、我が国がなし得る最大級の国際貢献に違いありません。
1 創出すべきイノベーションの名称

 電磁気学手法による短期地震予知科学・技術の早期達成

2 近未来のイメージ

 天気予報のように地震予測が日常的にメディアを通じて広報される。これと共に国、地方公共団体および市民は危険度に応じた対策を事前に取る。すなわち、新幹線その他の交通機関、高速道路、工場、病院等における人的・経済的被害を最小限にとどめる緊急対策をとる事が出来る。特に建築物倒壊及び津波などによる人命被害は適時退避によって、基本的にはゼロにする事が出来る。問題はその実現可能性にあり、その方策を提言する。

3 内 容

 わが国は世界有数の地震国かつ人口稠密な経済大国であり,地震・津波の人的・物的被害は甚大である。首都圏などに大地震が発生すれば、多数の人命喪失のみならず、全国的経済破綻が予想される。それは世界全体の経済恐慌すらをもたらす可能性もある。地震予知が喫緊の重要社会目標であることは多言を要しまい。また、地震予知の達成・技術移転は、今後急激に発展するアジア・中東・中南米諸地震頻発地域にも安心・安全をもたらすに違いなく、わが国がなし得る最大の国際貢献のひとつとなろう。

 2005年1月11日、世界最大の再保険会社ミュンヘン再保険は、津波や地震などが起きた場合の被害が世界で最も大きい大都市は東京・横浜圏だと警告する報告書 「大都市・大リスク」を公表した。各種リスク要因を基に算出した東京・横浜圏の「リスク指数」は701で、2位のサンフランシスコの167を大きく引き離した(ロサンゼルスは100、大阪・神戸・京都圏は92)。現在のようなグローバル化した経済環境では日本における大地震(特に首都圏)は日本発の経済恐慌の引き金になる可能性が極めて大きい。

 1995年から99 年までの5か年間で災害発生件数は世界で約1,200件であり、その約40%はアジア地域であった。被災者の数は10億4,000万人であり、アジア地域は90%である。さらに死者は、16万6,000人であり、アジア地域が60%以上であった。これらの地震災害の被害額は約50兆円であり、災害警戒を発令されても被害をゼロとすることはあり得まい。しかし仮に被害額の千分の1%(年間5億円)でも投入すれば、地震予知科学・技術の達成を劇的に進めるに違いない。

 地震予知には、数十年ないし数年後の予測を目的とする長期・中期予測もあるが、短期地震予測では、地震の発生場所と規模を数日ないし数時間前に予測することを目指す。これが達成すれば、人的被害を劇的に小さくできるのは明らかであろう。しかし、現在の地震予知研究計画では、長期・中期予測は進められているが、後述のように「短期予測は当面不可能」とされ、ほとんどその視野にも入っていない。現実には、イノベーション25により適切な研究体制が実現し研究が実行されれば、短期予知は科学的に射程内なのである。

 2005年5月13日、文部科学省科学技術政策研究所は、我が国における科学技術の現状と近未来の発展に関して、今後30年間で最も重要な研究開発課題は、大地震や火山噴火の高精度予測技術と、人工衛星や無人飛行機などを活用した災害危機管理システムであるとのアンケート結果を報告している。しかしながら、阪神淡路大震災以後行なわれた諸評価の結果、わが国の地震予知研究計画は「予知研究よりは基礎研究へ」という流れに変わった。短期予知には絶対必要な「前兆現象」は地震観測偏重の研究では見つからなかったため、短期予知は「当面不可能である」としたのである。しかし、これには重大な誤謬があった。実際には、地震観測では「永年にわたっての前兆現象の検出努力」はほとんど行われてはいなかった。予知研究の主力であった地震観測は、地震発生前の諸現象の検知には本来無力だったのである。この事態の打開には、基本的戦略の大転換が必須だったが、「基礎研究」の名目の下に、計画はさらに数千個の地震計を設置する方向へと進められた。この結果、地震学は有意に進展したが、短期予知研究は事実上、放棄されてしまった。 ここが重大な「意識のイノベーション」を必要とするところである。

 大地震直前の電磁気現象異常、地球化学・地下水異常・地表温度・赤外放射異常などは、地上観測・衛星リモートセンシングなどを通じて、世界各地で報告されつつある。電磁気現象についていえば、直流からメガサイクルにわたる広い周波数領域での異常信号、電波伝播異常が報告されている(図1)。前兆異常現象は地電流・地磁気変化のように地中で発生するのみでなく、電波伝搬、電子密度異常などとして地上100km以上の電離圏においても見られるのである。



図1 地震電磁気現象の概念図と測定方法

 この面で、わが国の研究は最先端にあるが、ロシア・中国・台湾、トルコ、インド・フランスなどでも地震電磁気研究への新しい高まりが起きており、人工衛星による観測すら実行されつつある。「予知不可能」という誤った国策のため我が国ではこの面での新しい科学への挑戦が全く阻害されている。短期予知の本命と思われる地震電磁気学には、研究予算は配分されず、科学研究費申請においては「地震予知」の項目すらないのが現状である。しかも、この驚くべき事実は国民には全く知らされていない。画期的な「意識のイノベーション」が必要とされる所以である。

 地震予知がすぐ実用化できるほど易しいとはいわぬが、現今、誇張して語られる程の不可能事ではない。永久機関をつくれというのとは違い、研究の正道を歩めば、初めは失敗もあり、精度は低くても、次第に進歩するに違いない類の科学的作業なのである。イノベーション25として、短期地震予知科学・技術の確立に向けた「新しい地震予知科学〜地震電磁気学」の推進を提言する。

4 実現に必要な事項

・地震電磁気的観測網の構築及び監視体制の確立。地震予知科学・技術(理論・実験)の確立
・地震電磁気観測衛星の実現
・これらを推進するために恒久組織の設立
   当初定員20人、年間研究費5億程度からはじめ、体制充実とともに、年次ごとに増員・増額
   2020年頃には実用的予知事業への移行を企画する。

5 阻害要因

1)提案している科学的手法が、既存の地震予知計画担当者になじみの少ない電磁気学・地球化学・宇宙科学に関わるものであるため、異端分子とみなされ、本提案は正当な評価を受けることなく却下される可能性がある。従来も、この理由のために、研究予算の獲得や研究者の定員ポストの確保が困難をきわめてきたからである。

2)仮に、幸いにして、この提案が「イノベーション25」に採択されても、現体制の支持を受けることは困難かもしれない。「短期地震予知は当分不可能」という前提のもとに、巨額の予算と多数の人員を擁して行なわれている現行計画の既得権益の壁は厚いからである。
(この事情は研究費配分諸機関にも一般国民にもほとんど認識されていないように思われる)

6 備考・その他

 上記の内容に関連する文献は下記にあげた。最後の2つの書籍以外についてはインターネット上からも入手できる。

地球電磁気的方法による地震予測の現状と展望(上田誠也、深田地質研究所ライブラリー, 2006)
電磁気学的手法による短期的地震前兆の観測的研究の現状(長尾, 鴨川, 服部; 地震 59,69-85,2006)
Preseismic Lithosphere-Atmosphere-Ionosphere Coupling (Kamogawa, EOS, Vol. 87, Num. 40, 417, 424, Oct. 3, 2006)
地震予知はできる(上田誠也、岩波書店, 科学ライブラリー, 2001)
地震予知研究の新展開(長尾年恭、近未来社、2001)

※本件に関わるより詳細な情報については下記のサイトにあります。

http://www.emsev-iugg.org/emsev/Innovation25.html
Appendix

理系白書’07:第1部 科学と非科学/6止 道半ばの地震予知、未科学から脱却へ(毎日新聞 2007.3.7)
地震予知研究の最前線と地震防災対策の盲点−死なないためにできること−(長尾年恭、2005)
電磁気学的な地震予知研究の現状と課題(長尾年恭、地震学会:なゐふる:vol.41)
Japanese Activity on Seismo Electromagnetics Publication list (2002-2006)(編集:早川正士、2007)
最新・地震予知学電磁気手法を用いた地震予知法の開発(早川正士、イノベーション・ジャパン2006)
地震前兆情報の利活用に関する調査・研究と提言(関西サイエンスフォーラム、2004)
地震予知のVAN法を知っていますか?(INCEDEニューズレター、1997)
地震予知計画をわが国のアポロ計画に(日本総研、1997)
地震予知に世界の力を(尾池和夫、1997)
我が国が注目すべき新しい地球観測手法の研究事例やアイディア(科学技術動向 2005年9月号)
地震の電離圏への影響 ―新しい研究分野―(小山孝一郎、2005年3月29日)
総合科学技術会議 第15回宇宙開発利用専門調査会議事概要(案)(2003.11.27)
地震火山国の宇宙機関として実施すべき将来ミッションは何か?(児玉哲哉、2004.12.18)
地震の予測(Sciences@NASA, 2003)

[SEMS研究会]